カウンセリングルームを飛び出す箱庭療法〜「普通」の人のための箱庭療法の説明書14〜
箱庭療法とは、砂が敷き詰められた内法57cm×72cm×7cmの箱の中にミニチュアを並べて自分の内的世界を表現するという心理療法である。
これからの【「普通」の人のための箱庭療法の説明書】と、少しの宣伝
これまで、「普通」の人のための箱庭療法の説明書と題して、箱庭療法について考えてきた。
第1章は「箱庭療法の効果」、第2章は「箱庭療法の実際」、そして第3章の本章では、『箱庭療法の可能性』について述べているところである。
この章で【「普通」の人のための箱庭療法の説明書】の【理論編】を一旦区切りとし、次は【事例編】として、箱庭療法を用いた事例を紹介していきたいと思う。
【事例編】では、いわゆる「普通」の人たちに箱庭療法を提供したやりとりと、心理士の視点からの分析等を記載する。
制作してもらった箱庭や、やりとりの流れを公開することに対して、クライエントの方々に了承はいただいているが、やはり不特定多数の人がいつでもアクセスできる状況というのは避けたいという思いもあり、有料マガジンとして公開することにした。
その有料マガジンの【事例編】では、毎月第一水曜日に、記事をアップしていく。
内容としては、3人の「普通」の人(クライエント)に対して箱庭療法を提供したプロセスをまとめる。
マガジン全体の構成としては、1人のクライエントあたり3回の記事(1記事3000字程度)とし、3人×3回(+まとめの1回)の、計10回分の記事をまとめたマガジン(全体で30000字程度)とする予定。
現在無料で公開している【理論編】をお読みいただいて、より詳しく学んでみたいという方は、是非そちらもご検討いただければと思う。
臨床心理士が行う生のやりとりを公開するので、カウンセリングがどのように進むのかということがイメージしていただけると思う。
これからカウンセリングを受けてみようと思っている人や、心理士になるために学びたいと思っている人に対しても、有用なマガジンとなるように構成していく。
是非、ご検討ください。
以上、宣伝でした。
カウンセリングルームを飛び出す箱庭療法
本章は【理論編】のまとめの章として、箱庭療法の可能性について検討している。
前回は、箱庭療法が、<子どもに対して提供される心理療法>という枠組みを超えるということについて述べた。
今回は、箱庭療法が、<従来のカウンセリングルームの中で提供される心理療法>という枠組みを超えられるか否かということを考えたい。
被災地支援に活用された箱庭療法
東日本大震災から10年が経つが、箱庭療法は、災害時の東日本でも活用されたとのこと。
災害時のトラウマを治療するために、という使い方ではなく、子どもの状態を確認したり、自分の状態を確認したりするために、箱庭療法が使われたということである。
その時は、カウンセリングルームで箱庭療法を提供する、という従来の方法ではなく、持ち運び可能なポータブル式の箱庭を活用し、被災地の現場に出向いてその場で箱庭を作ってもらうということもあったのだそう。
被災地で箱庭を作ってもらうと、一見、災害の影響が何もないように見える人も、制作された箱庭からは混乱が伝わってきたり、不安定な状態が表現されたりということがあった。
これはまさに、無意識からのメッセージが表現されているということだろう。
影響が何もないように見える人でも、無意識は何らかの助けを求めていたということである。
トラウマ体験をした人の箱庭
トラウマになるような体験をした人が箱庭を作る時、最初は混乱したような、無秩序のような、何が何だかわからないものが表現される。
ただ、定期的に何回か継続で作っていくことで、表現に変化が起きてくる。
最初は無秩序な表現からはじまり、
トラウマ体験を自分でだんだんと扱えるようになってくると、そのトラウマに関連した箱庭作品を表現するようになり、
そして次第にまた落ち着いた箱庭世界が表現されるようになる。
これは、箱庭を通して無意識の声を聴くことによって、意識と無意識の調和が図られたということであり、過去の出来事を自分の中に取り入れることができるようになったということである。
それはこれまでにも述べてきた「人格の成長」、つまり無意識と意識の融合によって「新しい自分」が生まれたということでもある。
少し話が横道に逸れるが、夢にも似たようなところがある。
夢を見るということ
夢はイメージが表現されたものであり、心理療法の世界では古くから夢分析という手法があるくらい、夢と人間の心理というのは深く結びついている(と言われている)。
たとえば、過去の嫌な体験や苦しい体験、トラウマになるような出来事が、夢に出てきてうなされるという経験をしたことがある人は多いと思う。
心理学の世界では、そのことを基本的にはマイナスと捉えない。
悪夢は悪いもの、嫌なもの、という印象があるかもしれないが、実際に起こった出来事(トラウマになるような出来事)を、夢に見られるようになるというのは、自分のイメージの中でそれが扱えるようになったということである。
それは、箱庭で言うなら、混乱して無秩序な作品を作っている段階から、トラウマ体験についての表現ができるようになる段階に移行したということ。
イメージで扱えないほど強烈な体験というのは、夢には出てこないということであり、夢に見られるというのはそれだけその過去を扱えるようになっているという良い兆しなのである。
無意識のメッセージを聴いてケアに活かす
トラウマ体験をして混乱している状況にあるときには特に、無意識のメッセージに耳を傾けることの意味は大きい。
無意識のメッセージを聞いて、クライエントの状態が把握できると、それをケアに活かすことができる。
クライエントの無意識の声も含めた、重層的な声を聴くということ。
一見、何の影響も受けていないように見えるクライエントが、無意識では非常に混乱していて助けを求めているとしたら。
目に見える部分だけを捉えていては、おそらく間違ったケアを提供することになってしまう。
しかし、クライエントの無意識の声に耳を傾けることができれば、無意識のメッセージもふまえたケアができる。
無意識だけを重視すればいいという訳ではないが、無意識をないがしろにするのもいけない。
無意識も意識も、どちらの声も聞いた上でクライエントを理解し、ケアをするということ。
それは、クライエントが本当に求めているケアを提供することにつながるだろう。
デブリーフィングとは?
トラウマ体験をした人に対して表現を促すことについては、これまでの研究から注意喚起がなされている。
トラウマ体験をした人が求めていないにもかかわらず、無理やり表現させることについては、トラウマの再体験につながり、悪影響が出る場合があることが研究で示されている。
デブリーフィング(心理的デブリーフィング):
災害直後の数日から数週間後に行われる急性期介入であり、ストレス反応の悪化とPTSDを予防するための方法であると主張され、各国に広められたが、PTSDへの予防効果は現在では否定されており、かえって悪化する場合も報告されている。トラウマ的体験を話すように促し、トラウマ対処の心理教育を行うものだが、有害な刺激を与え、自然の回復過程を阻害する場合がある。急性期に援助的な配慮で被害者を包むことは必要であるが、体験の内容に踏み込んで感情の表出を促す必用は無い。
『災害時地域精神保健医療活動のガイドライン』より
ただ、本人が望む場合に、適切なタイミングで箱庭等の表現をさせることは、本記事で述べてきたような良い効果が得られる可能性がある。
大切なのは、本人が望んでいるかどうかということ、そして適切なタイミングなのかどうかを本人と一緒に考えていくということだろう。
結局、箱庭療法は<従来のカウンセリングルームの中で提供される心理療法>という枠組みを超えられるのか
トラウマ体験にも箱庭療法が有効であるということについて述べてきた。
箱庭療法は、ポータブル式の箱庭を被災地に持ち出すというかたちで被災地支援にも使われていた。
これは、箱庭療法がカウンセリングルームを飛び出した一例でしかないが、このように箱庭療法はカウンセリングルームを飛び出して様々な活用ができるように思える。
スポーツ選手のメンタルケア、企業でのチーム作り、学校でのクラス経営、キャリアコンサルティング…等々、様々な場面で活用できそうな気がしている。
初めの問いに戻る。
箱庭療法は、<従来のカウンセリングルームの中で提供される心理療法>という枠組みを超えられるか。
答えはイエス。
箱庭療法は、きっと、カウンセリングルームを飛び出して活躍するはずである。
次回予告
次回は、「普通」の人のための箱庭療法の説明書【理論編】のまとめとして、私の箱庭療法への思いを綴って、【理論編】最終回としたいと思う。
これまで、ぼんやりとした箱庭療法と、箱庭療法に負けないくらいぼんやりとした文章に付き合っていただいて、感謝しています。
次回で一区切り。是非、お付き合いいただけると嬉しいです。
【「普通」の人のための箱庭療法の説明書シリーズ(理論編)】
過去の記事は以下でご覧いただけます。
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