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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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記事一覧

『神様だって観たいのよ』

『神様だって観たいのよ』

武田君の出勤が早くなった。
毎日、毎日少しずつ早くなっている。
仕事も早い。
やるべきことはテキパキとこなしている。
来週までにと依頼した企画書は、週の半ばには出来上がっている。
動作も早い。
社内をいつも早足で、忙しそうに歩き回っている
昼休みも半分くらいで戻ってくる。
「武田君、少しはゆっくりしたらどうだい」
心配した上司が声をかれると、
「ボクハフツウナンデスケレドモ、ミナサン△□※※■▶︎

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『懐かしい街』 # シロクマ文芸部

『懐かしい街』 # シロクマ文芸部

懐かしいとおっしゃいましたか。
懐かしいと。
何故でしょう。
あなたは、この街並みを見て懐かしいとおっしゃった。
でも、不思議じゃありませんか。
あなたは、この街に一度も住んだことがない。
いや、足を踏み入れたことさえない。
それなのに、そんなあなたが懐かしいなどと。

もしかして、あなたのお父さんとかお母さんはどうですか。
そのお話を、幼い頃にあなたが聞いていたとか。
え、そうですか。
あり得な

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『誰にも言わない』

『誰にも言わない』

変わり始めた時のことはもう思い出せない。
物事の始まりは、いつだってそうだ。
少しずつ、誰にもわからないレースのそよぎから始まっていく。

妻がリビングに隣り合ったキッチンから声をかけてきた。
今から思えば、そのあたりがレースのそよぎだったのかもしれない。
何気ない問いに、当たり障りのない返事を返す。
ついさっき、ほんの数秒前に洗濯物を取り入れてくると2階に上がって行った妻に対して。
もしかすると

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『ママとレモン』 # シロクマ文芸部

『ママとレモン』 # シロクマ文芸部

レモンから仕留めるか。
ママから仕留めるか。
俺は照準器を覗きながら考えていた。
今度の標的は女二人組。
レモンとママと呼ばれる二人組を殺せ。
それしか言われていない。
情報が少ないのは、それだけ、重要人物、あるいは重要人物の命運を左右する情報を握っている奴らだということだ。
向かいのビルの窓に、二人の姿は丸見えだ。
テーブルを挟んで向かい合っている。
そして、真ん中には知らない男。
あの男が立ち

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『誘惑銀杏』 # 毎週ショートショートnote

『誘惑銀杏』 # 毎週ショートショートnote

画面には、銀杏の木に抱きついている男性の姿が映されている。
顔にはモザイクがかけられているが、見たところ若そうだ。
リポーターは、「抱きついている」と言ったが、実際には違った。
逃げたくても逃げられないのだ。
今年も何人の男が、銀杏の木に取り込まれていったことだろうか。

出来心です。
銀杏の木から逃れてきた若者は語った。
銀杏の木のそばを通ったときに、地球が誕生した時に舞い戻るような、そんな快楽

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『地球のよそ見』 # シロクマ文芸部

『地球のよそ見』 # シロクマ文芸部

流れ星って、まさかほんとうに流れ星だなんて思ってないよね。
なんて呼ぼうと勝手だけれども、星が流れてるだなんて、思ってないよね。
あ、君、そう君だよ。
君に話してるんだ。
君は地動説って習わなかったのかな。
コペルニクスとか、ガリレオとか。
知ってるだろ。
それまでは、みんな太陽や星が動いていると思っていたんだけれども、本当は地球のほうが回っているということだったよね。
まさか君、天動説派?
そん

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『ひと夏の人間離れ』 # 毎週ショートショートnote

『ひと夏の人間離れ』 # 毎週ショートショートnote

人間離れした?
ねえねえ、彼と彼女、しちゃったんだって、人間離れ。
その頃、そんなヒソヒソ話が教室のあちらこちらで囁かれていました。
少し前に、あるアイドル歌手が「ひと夏の人間離れ」って言う曲をヒットさせたことも影響しています。

わたしは、「人間離れ」がよくわかりません。
わたしだけ、聞き漏らしてしまったのでしょうか。
両親に聞くのも何となく憚られます。
だから、そのまま知っているふりをして、う

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『この子』

『この子』

私は夫と犬の、二人と一匹暮らしだ。
これを三人暮らしと言う人もいるし、犬を「この子」と呼ぶ飼い主もいる。
私にはまだ子供はいないが、それを慰めるために飼っているのではない。
犬は犬だ。
そして、ペットはあくまでもペットであって、大体は飼い主よりも先に死に、死ねば新しいペットと取り替えられる。
もちろん可愛いが、それは自分に子供ができて思う可愛いとは違うはずだ。
犬は豆柴だと言われて買って来たが、雑

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『二度目の花火』 # シロクマ文芸部

『二度目の花火』 # シロクマ文芸部

花火と手紙が添えられていた。
花火は少し古そうだ。
子供用のセットで、さすがに打ち上げ花火はないだろうが、カラフルな花火がビニール袋いっぱいに入っている。
花火をそのままにして、恐る恐る手紙を開いてみた。
別にメールでもよかったものを、わざわざ手紙にするなんて。
しかし、手紙を読んでみて、こちらも返信を手紙で出そうと思った。
別にメールで送ったからといって、なにが変わるわけでもないのだろうけれど。

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『雲の味』 # シロクマ文芸部

『雲の味』 # シロクマ文芸部

夏の雲を食べてみたいとタカシ君は思っていました。
青い空にぽっかりと浮かぶ雲は、口の中でとろけるマシュマロのようです。
山の向こうからむくむくと湧き上がってくる雲は、甘い甘い綿飴のようです。
そんな雲を見ると、タカシ君はいつも、マシュマロや綿飴のような雲を両手に持って、お口いっぱいに頬張っているところを想像するのでした。

ある日の帰り道、いつものように公園を横切っていた時のことです。
小さな屋台

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『鳴らない風鈴』 # シロクマ文芸部

『鳴らない風鈴』 # シロクマ文芸部

風鈴とは風を聞くものです。
目に見えない風を音にして聞く。
そう思っていました。

私の母も、どこで手に入れたのか、青い鉄の風鈴を窓の外にぶら下げました。
風鈴からは、細い紐が出ていて、その下には小さな短冊のような物がついています。
母が短冊に何かを書いて折りたたんでいるのを見ましたが、母は人差し指を口に当てました。
内緒だと言うしるしです。

でも、母がどうしてその窓に風鈴をぶら下げたのか。

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『海の日をください』 # シロクマ文芸部

『海の日をください』 # シロクマ文芸部

「海の日をください」
その子は、梅雨の明けたある日、突然店にやって来た。
このあたりでは見かけない顔だ。
どこでこの店のことを聞いたのか。
どちらにしろ、そんなものを売るわけにはいかない。
それに、仮に売ったとしても、この幼い子には手に余るだろう。
そこらじゅうに溢れ出して、収拾がつかなくなるに違いない。
そうなれば、こんな子に売ったこちらの責任問題にも発展しかねない。
「海の日はね、大人にならな

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『海のピ』 # 毎週ショートショートnote

『海のピ』 # 毎週ショートショートnote

都市伝説というものは、都市に限らない。
人の住むところには、その土地だけに伝わる言い伝えがあるものだ。
その言い伝えを見たり、体験したと言う者もあれば、でたらめだと笑い飛ばす者もいる。

ある時、その村を大嵐が襲った。
嵐が去ったあと、海岸に一片の板切れが突き刺さっていた。
見ると、「海のピ」と書かれていて、その先は砂に埋もれてわからない。
子供たちが引き抜こうとすると、長老の一人が止めた。
老人

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『夏は夜、だと?』 # シロクマ文芸部

『夏は夜、だと?』 # シロクマ文芸部

夏は夜ってか?
セイショーだか、ナゴンだか、知らねえけどよ。
ああ、ほんとはセイとショウナゴンだ、覚えときな。
でも、馬鹿言ってんじゃねえぜ。
昼間だけじゃなくって、夜の警備だって暑くて暑くてたまんねーよ。
こりゃ、熱帯夜じゃねえ、灼熱夜だぜ。
生きながらにして、焦熱地獄だ。
八大地獄よ。
せめて、あの世では天国でお願いしたいもんだね。
月の頃って、なんだ月の頃って。
そんでもって、真っ暗闇もいい

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