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【調査報告】翻訳しづらかった箇所~シェイクスピア作品からの引用を中心に~

春を感じられる「春のアラカルテ」、お楽しみいただけましたでしょうか?

Oヘンリーの短編集に収載される確率がわりと高い本作。大御所翻訳者の方々の訳をいろいろ読み比べられます。話のあらすじ自体はわかりやすいと思うのですが、言葉遊びや比喩表現が多くて、けっこう訳者によって訳文が異なる、訳者の読解力と表現力が問われる作品だと思います汗
翻訳者が訳しにくいと思う個所は、読者にとって読みづらい、解説なしではわかりづらい箇所でもあることが多いように思うので、以下私が調べたり工夫したりした内容をお届けします。
長くなりますがお付き合いください。


シェイクスピアからの引用 その1

The gentleman who announced that the world was an oyster which he with his sword would open made a larger hit than he deserved.

O. Henry "Springtime A La Carte"

これはシェイクスピアの喜劇『ウィンザーの陽気な女房たち(The Merry Wives of Windsor)』内のセリフ「Why then the world’s mine oyster, Which I with sword will open.(世界は俺にとって牡蛎みたいなもんだ、剣でこじ開けてしまえばいいんだ)」から来ています。金を貸してくれとお願いしたら断られたので、「貸さないというなら暴力で奪い取るだけだ」と言ったのがこのセリフの本来の意味です。でもそこからどうしてこうなったのか、いまでは(そしてどうやらOヘンリーの時代ではすでに)「The world is your oyster(世界はあなたの思うままに)」というポジティブな意味の慣用句が生まれました。だからこの語り手は「made a larger hit than he deserved(過大評価されている)」と皮肉っているわけですね。

黒人差別的な表現

One evening after dining at Schulenberg’s 40-cent, five-course table d’hôte (served as fast as you throw the five baseballs at the coloured gentleman’s head) Sarah took away with her the bill of fare.

O. Henry "Springtime A La Carte"

カッコ内にあるゲーム、どんなのだろうと思ったら以下の記事が見つかりました。

黒人の頭の絵を、祭でゲームの的にしていたこの時代。
うーん、ちょっと悩んだのですが作風に合わない気がしたので、ぼかして訳してしまいました。この記事でも触れていますが、いまではありえないですよね。。。

ドイツあるある

Schulenberg became a naturalised citizen on the spot.

O. Henry "Springtime A La Carte"

地の文では特に明記されていないのですが、Schulenbergという名前からしてこのレストランの店主はドイツ系の移民と思われます。ドイツ料理は全然出てこないんですけどね。乱筆のメニュー表(ドイツ人は数字など手書きの字がちょっと独特なことで知られています)のせいで客から理解してもらえなかったのに、サラがタイプしてくれるおかげで受け入れてもらえるようなった。ということをnaturalised(アメリカではもう使われていないスペルですね)「帰化」という意味の単語で示している愉快な文章です。訳しづらい。

春の訪れの描写

And then the almanac lied, and said that spring had come. Spring comes when it comes. The frozen snows of January still lay like adamant in the crosstown streets. The hand-organs still played “In the Good Old Summertime,” with their December vivacity and expression. Men began to make thirty-day notes to buy Easter dresses. Janitors shut off steam. And when these things happen one may know that the city is still in the clutches of winter.

O. Henry "Springtime A La Carte"

こちらは冬の気配が残りつつ、春が近づいていることを表した一節。Almanacは昔に発行されていた暦に関する本で、植物の種上時期や、潮見表なんかも載っていたようです。のちに農家のウォルターの描写があるので、それと関連した表現になっていますね。
“In the Good Old Summertime”は1902年に発表後、何十年もミュージカルやディズニーを含む映画などで使われてきた大ヒット曲らしく、YouTubeにたくさんの動画があがっています。本作に限らずOヘンリーはよく曲名を作中に登場させていますが、本作は特に音楽用語がたくさん出てくるので、メロディが明るいこの曲はイメージにぴったりです。
「Janitors shut off steam(玄関番が蒸気を止めた)」はそのまま訳すとわかりづらいですが、セントラルヒーティング用の蒸気設備を止めた、ということでしょう。

The calendar on the wall kept crying to her: “Springtime is here, Sarah—springtime is here, I tell you. Look at me, Sarah, my figures show it. You’ve got a neat figure yourself, Sarah—a—nice springtime figure—why do you look out the window so sadly?”

O. Henry "Springtime A La Carte"

今度は数字のfigureと容姿のfigureをかけた言葉遊び。春らしい「容姿」ってなんだろう、と思い、体型のスタイルというより服装のことだよな、と思って私は「装い」と訳してみました。そして言葉遊びはルビで逃げるしかなく。。。いい具合のだじゃれが思いついたなら、それが一番いいんですけどね。。。無理です。

Spring’s real harbingers are too subtle for the eye and ear. Some must have the flowering crocus, the wood-starring dogwood, the voice of bluebird—even so gross a reminder as the farewell handshake of the retiring buckwheat and oyster before they can welcome the Lady in Green to their dull bosoms. But to old earth’s choicest kin there come straight, sweet messages from his newest bride, telling them they shall be no stepchildren unless they choose to be.

O. Henry "Springtime A La Carte"

春の典型的な情景を描写した一節。クロッカス、ハナミズキ、ルリツグミが春の代名詞としてあげられていますーー日本でいうチューリップ、桜、ウグイスに相当するのかな、というイメージです。そして去りゆく冬の味覚として蕎麦の実と牡蛎があげられていますーー牡蛎は日本でも冬のイメージですね。蕎麦はどちらかというと秋のイメージかと思いますが(新蕎麦は秋の季語らしいです)、まあこんな風に解説しなくてもなんとなく通じるぐらいには、日本人にとっても親近感のある表現だと思います。
花や鳥、食などのわかりやすいサインがないと春を感じられない鈍感で無粋な人もいるけど、季節の移り変わりを感じられる感受性豊かな人には、自然の女神さまが優しく接してくれるよ、ということだそうです。四季は日本独特のもの、と主張する人がいますが、この文章を読むとそんなことないよね、と思います。海外にも季節の移り変わりはあるんだから、そんな無粋なこと言っていると女神さまに嫌われるよ。

To-day there were more changes on the bill of fare than usual. The soups were lighter; pork was eliminated from the entrées, figuring only with Russian turnips among the roasts. The gracious spirit of spring pervaded the entire menu. Lamb, that lately capered on the greening hillsides, was becoming exploited with the sauce that commemorated its gambols. The song of the oyster, though not silenced, was dimuendo con amore. The frying-pan seemed to be held, inactive, behind the beneficent bars of the broiler. The pie list swelled; the richer puddings had vanished; the sausage, with his drapery wrapped about him, barely lingered in a pleasant thanatopsis with the buckwheats and the sweet but doomed maple.

O. Henry "Springtime A La Carte"

こちらはメニューの説明。食品や料理法はともかく訳しづらいのですが、ここも冬から春の移り変わりを描写する美しく(かつおいしそう)な場面。訳者の腕の見せ所です。
"pork was eliminated…figuring only with Russian turnips"では、再びfigureが登場。ここでは、参加しているというような意味の動詞になっています。が、私では日本語で言葉遊びがうまく再現できず流してしまいました。。。Russian turnipsは日本語ではスウェーデンカブなのか、国が変わっちゃった、でも童話『大きなかぶ』はロシアから伝わっているんだよな。。。と思いつつロシア感が出ていない訳にしてしまいました。このあとロシア出てくるんですけどね。
caperedしていた羊の肉はcaper sauceがかかって食卓に。ここもだじゃれが思い浮かばずルビで逃げました。ケッパーは爽やかな味ですし、温暖な気候の地域で育つので、別に春が旬というわけではなさそうですが暖かい季節に食べるイメージのあるハーブだと思います。
原文では牡蛎の歌、dimuendo con amoreは斜体になっています。音楽用語が入りましたね。
日本ではフライパンは一年中活躍するイメージですが、ここでは油ギトギト系の料理が減ったよ、という意味でフライパンにはご退場いただいたのだと思われます。

アルフレッド・テニスンからの引用

For she had received no letter from Walter in two weeks, and the next item on the bill of fare was dandelions—dandelions with some kind of egg—but bother the egg!—dandelions, with whose golden blooms Walter had crowned her his queen of love and future bride—dandelions, the harbingers of spring, her sorrow’s crown of sorrow—reminder of her happiest days.

O. Henry "Springtime A La Carte"

この一節の最後にある"sorrow's crown of sorrow"は、テニスンの詩"Locskley Hall"の以下の箇所からの引用です。

Can I think of her as dead, and love her for the love she bore?
No—she never loved me truly; love is love for evermore.

Comfort? comfort scorn'd of devils! this is truth the poet sings,
That a sorrow's crown of sorrow is remembering happier things.

Alfred Tennyson "Locksley Hall"

この詩の語り手は、プロポーズに失敗してふられてしまった男性です。訳すとしたら、こんな感じでしょうか。(テニスンに詳しい人に添削してほしい。。。)

彼女のことは死んだとでも思って、私に与えてくれたこの恋情だけを愛でればよいのだろうか?
いや、彼女は本当に私を愛していたわけではないのだから、私の愛は愛として、永遠にそのままだ。

失恋をなぐさめてくれるものがあるだろうって? この悪魔め! 詩人は真実をこう詠うのだろう、
悲しみの悲しみの冠は、在りし日の幸せを思い浮かべることだと。

"Locksley Hall"の抜粋、柳田訳

ウォルターがサラに贈ったタンポポの冠と、幸せな思い出、ウォルターからの便りがないことを悩むサラの現況を、この失恋の詩と重ね合わせていますね。ちょっと物騒な表現が多い詩ですけど。

シェイクスピアからの引用 その2

Madam, I dare you to smile until you suffer this test: Let the Marechal Niel roses that Percy brought you on the night you gave him your heart be served as a salad with French dressing before your eyes at a Schulenberg table d’hôte. Had Juliet so seen her love tokens dishonoured the sooner would she have sought the lethean herbs of the good apothecary.

O. Henry "Springtime A La Carte"

ここで突然、心理テスト的なものが挿入されます。ジュリエットはご存知ロミジュリから。the good apothecaryは、ロミオに毒薬を売ってくれた薬師のこと。そのせいでロミオ死んじゃうわけですが、本当は売っちゃダメなのに売ってくれたから「good」ということのようです。恋心を忘れたいジュリエットにも、本当は売っちゃダメでも記憶をなくす薬を売ってくれるだろう、だそうです。

サラは働き者

But soon she came swiftly back to the rock-bound lanes of Manhattan, and the typewriter began to rattle and jump like a strike-breaker’s motor car.

O. Henry "Springtime A La Carte"

Strike-breaker(スト破り)とは、同僚がストしているときにそれをbreakして(破って)働き続ける人のこと。スト参加者の妨害を受けるので、スト破りの自動車は揺れる、ということのようです。失恋(未確定)にめげずに仕事をするサラに合わせた表現ですかね。

シェイクスピアからの引用 その3

Love may, as Shakespeare said, feed on itself: but Sarah could not bring herself to eat the dandelions that had graced, as ornaments, the first spiritual banquet of her heart’s true affection.

O. Henry "Springtime A La Carte"

すでに本作で二度も引用されているシェイクスピアですが、ここでようやくご本人のお名前初登場。たぶん『十二夜』からの引用だと思います。"Love may feed on itself"というセリフがあるわけじゃないのですが、愛を食欲にたとえたセリフがいくつかあるようです。『十二夜』は言ってしまえばラブコメで、主人公の愛についての語りがどれも頓珍漢というのが皮肉になっており、愛を食欲にたとえたセリフもちょっと的が外れている、ということだと思われます。

100年前の音

At 7:30 the couple in the next room began to quarrel: the man in the room above sought for A on his flute; the gas went a little lower; three coal wagons started to unload—the only sound of which the phonograph is jealous; cats on the back fences slowly retreated toward Mukden. By these signs Sarah knew that it was time for her to read.

O. Henry "Springtime A La Carte"

100年前の夕方に聞こえてくる音の描写。音だけで夕方を表現するのがすごい。
フルートでラの音を探している、ということはチューニングをしているんですね。上の階に住んでいる男性が、毎日仕事終わりの決まった時間に練習しているのでしょう。夜に必要になるであろう石炭を下ろす荷馬車の騒音でさえ、phonograph(蓄音機)を入れて音楽的な描写になっています。
Mukdenは中国の奉天のことで、時代的に日露戦争の奉天会戦(1905年)で増援の待つ奉天に少しずつ下がっていったロシア兵のことを指した比喩のようです。本作が収載されている短編集が1906年初版なので、この戦はかなりタイムリーな話題だったのでしょう。

100年前の不人気本?

She got out “The Cloister and the Hearth,” the best non-selling book of the month, settled her feet on her trunk, and began to wander with Gerard.
The front door bell rang. The landlady answered it. Sarah left Gerard and Denys treed by a bear and listened.

O. Henry "Springtime A La Carte"

『The Cloister and the Hearth (僧院と家庭)』は1861年に出版されたイギリスの作家チャールズ・リードの代表作で、神学者・哲学者のエラスムスの父親(この場面にも登場しているジェラルド)をモデルにしたお話です。Oヘンリーが1862年生まれなので、サラにとってはだいぶ古い本のはず。そりゃあ、「non-selling」でしょうよ。
でもこの作品、文豪たちに評価されたり、1913年に映画化されたこともあり、和訳はされていないですが、いまでもgutenberg.orgで原文を読めるぐらいには長く読まれてきた作品なんです。そしてサラがちょうど読んでいる主人公ジェラルドと旅の道連れのデニスが熊に追われる場面(第XXIV中盤~XXV章にかけて)を私も読んでみたら、150年前の文章とは思えないぐらいハラハラドキドキして、「え、この本けっこう面白いんじゃない?」って思いました(長いしストーリー展開が遅いので読破したいとは思わなかったけど)。

というわけで、「the best non-selling book」は「最も売れていない本」ではなくて、「今月売れてない本のなかではサラ(とOヘンリー)的ベスト1」ということだと思われます。『僧院と家庭』のテーマの一つが禁じられた恋(ジェラルドはもろもろあってカトリックの司祭になっていて、それに前後してエラスムスが生まれた関係上、エラスムスは私生児扱いになっている)になっているので、ウォルターへの想いに揺れるサラ的にはおもしろい内容だったのではないかと想像します。横領罪で起訴されながら、病気の妻と幼い娘を残して逃亡劇を繰り広げてしまうOヘンリーの人生ともちょっと通じる内容のストーリーのような気もします。

おわりに

以上、本編より長くなりましたが、私が調べて「ほほ~」と思った調査内容をご紹介しました。
かわいい恋愛ものとして読まれがちな本作ですが、比喩表現が大量にちりばめられていたり、細かく見てみるとけっこう物騒な表現が多かったり、「恋ってなんだろう」と少し考えさせられるような引用が多かったり。ぱっと見よりも深い作品だということが伝わるといいな、と思います。


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柳田麻里
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