【読書】デビュー作とは思えない秀作~『食堂かたつむり』(小川糸)~
「ツバキ文具店」シリーズを読んだのをきっかけに、小川糸作品に興味を持ち、デビュー作を読んでみました。
↑kindle版
読みながら思ったのは、「ギリギリの線だな」ということ。家に帰ったら、同棲していた恋人に家財道具一切を持ち去られており、その衝撃で声も失った主人公倫子の再生の物語なわけですが、その非現実的な始まり方に、拒否感を持つ人もいると思います。私自身、そうなった可能性は少なくありません。実際には、「え、どうなるの?」と先が気になり、読み進めましたが。ギリギリのところを上手に綱渡りしているからこそ、多くの人に受け入れられたのでしょう。
故郷に帰った倫子は、確執を抱えている母の住む実家に戻り、そこで「食堂かたつむり」を始めます。1日1組だけ迎えるお客に出す料理が、なぜか奇跡を起こし、少しずつ倫子の傷も癒されていきます。
でも、もちろん話はそこで終わらず、衝撃の展開が待ち受けています。正直、読むのをやめたくなるような描写もありましたが、結末が知りたくて読み進めてしまいます。これがデビュー作とは信じられないほど、話の展開がうまいです。それに文章、特に比喩表現の巧みさには瞠目させられました。
「食堂かたつむり」が軌道に乗り始めた時、倫子はクレーマーのような客を迎えることになります。心底嫌な思いをさせられたのに、「もしかしたらあれは、食堂かたつむりが軌道に乗って私が浮かれないようにするために、料理の神様が遣わした意地悪な天使だったのかもしれない」と考える倫子の精神の健全さは、見習いたいです。
巻末には、番外編の「チョコムーン」が付いています。本編で倫子が迎えたお客のカップルの話です。本編は倫子の一人称で進むので、お客からの視点がちょっとだけでも書かれることで、本編に奥行きをもたらしています。
このカップルから倫子にクリスマスプレゼントが届いたことが、本編でちらっと触れられているのですが、番外編にはそのことは出てこないんですよね。プレゼントが何だったか気になるので、ちょっとその点が不満だったのですが、後から思いました。書かれていないから良いのだと。プレゼントが何だったかは分からないけど、間違いなくセンスの良いものだったのでしょうから。
機会があれば、ぜひまた小川糸作品を読んでみようと思います。
なお、『ツバキ文具店』と続編の『キラキラ共和国』の感想は、以下のとおりです。