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【読書】食べものを通じた暴力~『中学生から知りたいパレスチナのこと』(岡真理、小山哲、藤原辰史)②~
『中学生から知りたいパレスチナのこと』の備忘録兼、感想を記した記事の第2弾です。
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ヘルツルは、シオニストの運動を統一した「シオニズムの父」として顕彰されてきました。しかし、ヘルツル以前に、運動としてのシオニズムにはいくつかの源流があって、その初期のものは中東欧からはじまっていたのです。
シオニズムはドレフュス事件を大きなきっかけとして始まったと思っていたし、生徒にもそう教えてきたので、これは驚きでした。
十九世紀、広大なロシア帝国のなかでユダヤ人が住める場所は制限されていて、最も西部の、バルト海と国家のあいだに広がる地域に限られていました。この領域は、ポーランド分割前には、ポーランド・リトアニア共和国の東のほうの領域――ここに現在のウクライナの領土のかなりの部分が含まれます――とほぼ重なります。つまり、いわゆるロシア・ユダヤ人と呼ばれる人は、近世のポーランド・リトアニアにいたユダヤ人の流れを引いていたのです。
二十世紀に入って、一九三〇年代から四〇年代にかけて、ソ連とナチスドイツの支配・占領下に置かれたこの地域で、夥しい数の命が失われました。アメリカの歴史家、ティモシー・スナイダーは、この時代にこの地域が置かれた状況を指して「流血地帯(ブラッドランド)」と呼んでいます。この流血地帯で、ホロコーストによって約六〇〇万人のユダヤ人が犠牲となりました。しかし、この地域で犠牲となったのはユダヤ人だけではなく、たとえばソ連領内のウクライナでは、一九三〇年代にスターリン政権の政策によって、数百万人が大飢饉(ホロドモール)の犠牲となりました。第二次世界大戦では、ポーランド人も、バルト三国の人たちも命を失いました。いわゆるホロコーストと呼ばれる出来事は、バルト海と黒海のあいだに広がる流血地帯で起こったことの一部なのです。
近世のポーランド・リトアニア共和国の領域であり、二十世紀に流血地帯となった場所は、十九世紀をつうじて複数の強大な帝国によって分割支配され、東ヨーロッパのさまざまな民族運動の母体となった地域でもありました。そのひとつがユダヤ人の民族運動のシオニズムである。そういうふうに捉えることができると思います。
長い引用となってしまいましたが、シオニズムとポーランド分割がつながるとは思いもしませんでした。なおポーランドはヤギェウォ朝の断絶後も王はいたものの、強力な議会が存在するので、ポーランド・リトアニア共和国とも呼ばれるわけですね。
今私たちが目の当たりにしている状況は、こうした歴史の積み重ねのいちばん先端なのであって、パレスチナの戦争や、パレスチナに渡ったユダヤ人のふるさとであったウクライナの状況というのは、私たちの外部ではない。私たち自身の歴史が絡まり合った問題なのだということを、私はこの講義で申し上げたかったのです。
小山さんのメッセージは、もちろん岡さんや藤原さんにも共通します。
敵は制度、味方はすべての人間、そして、認識力は味方のなかの味方
(埴谷雄高『幻視のなかの政治』未来社、一九六三年、一〇四頁)
孫引きですが、この言葉、覚えておきたいです。
二〇二一年のデータでは、小麦とトウモロコシだけで一億九五〇〇万トンがバイオ燃料に用いられていて、それは十九億四五〇〇万人の一年間のカロリー消費量にあたるそうです。まさに「人類と自動車など輸送手段が、食料となり得る農産物をめぐって争奪戦を始めているという」「皮肉な現実」(阮蔚、『世界食糧危機』、一〇五頁)と、阮さんは指摘します。
人類と自動車の食料の奪い合い! 絵本のような話ですが、現実です。
現在、米国で最大の民間農地所有者は農民ではなく、ウィンドウズの開発者であるビル・ゲイツだそうです。およそ九八〇平方キロメートルという巨大な土地の不在地主になっている。もちろん彼はお腹いっぱいごはんを食べたいわけではなく、農地を使って利益を得ようとしているわけですね。
ため息しか出ません。
ナチスは「生存圏Lebensraum」を獲得するという目標を掲げました。生存圏とは、とくにウクライナやポーランドの穀倉地帯を指します。まさに「ブラッドランド」にあたる地域です。ナチスは英仏の植民地主義を否定し、相互的な協力関係にもとづく「広域経済圏Grossraum」を築くのだ、というプロパガンダを打ち出しましたが、露骨にウクライナを広域経済圏に吸収したいと望んでいた。
日本の「満州は日本の生命線」とか「大東亜共栄圏」とかに通じる発想ですね。
イスラエルがガザ地区に対して繰り広げる暴力のひとつに、除草剤散布攻撃があるからです。(中略)二〇一四年から二〇一八年にかけて、イスラエルとガザ地区のあいだにある立ち入り禁止の緩衝地帯にイスラエルの小型飛行機が少なくとも三〇回も除草剤を散布しました。緩衝地帯なのですが、散布時はかならず東から西へ風が吹いている。ガザ地区の農地を狙って汚染しているとしか思えない。パレスチナの農業省によれば、被害を受けた範囲は一三平方キロメートルにも及ぶといいます。
(中略)イスラエルもまた、空爆やミサイルや戦車だけではなく、食料、人間の生きる根拠そのもの、存在そのものを破壊していることがここから読み取れます。
除草剤散布攻撃のことは知りませんでした。そして続く記述にも、目を疑いました。
除草剤は、かつて遺伝子組み換え作物の種子生産で世界最大のシェアを占めていたモンサント社(現在はドイツのバイエルに買収されています)の「ラウンドアップ」や、イスラエルの化学メーカーのタパゾール社の「オキシガル」です。とりわけ、ラウンドアップは自社製の種子の植物は枯らさないので、種子とセットで世界中に広まりましたが、発がん性が疑われるので各地で訴訟が起こっています。
「自社製の種子の植物は枯らさない」除草剤って……。
非常に豊かな水資源と肥沃な土地に恵まれ、それに支えられた多様な野菜栽培がなされているヨルダン渓谷では、トマト、キュウリ、ナス、ピーマン、トウモロコシ、レモン、オレンジ、ナツメヤシなどが生産されていました。ただ、ナツメヤシや柑橘類の巨大なプランテーションはイスラエルの入植者によって営まれてきました。なんとこのプランテーションで働いているのは、ヨルダン渓谷でも水の使用が厳しく制限され、農業を営めなくなったパレスチナ人たちなのです。彼らはイスラエルで定められた最低賃金よりも安い賃金で働かされていた。入植者の五倍以上もの人口のパレスチナ人が使用できる水資源はヨルダン渓谷のわずか四割にすぎない、と清末さん(引用者注:清末愛砂さん)は述べています。ヨルダン川周辺への立ち入りも許されておらず、近づくとイスラエル兵に射殺される可能性が高い、とも。
写真や映像で見るヨルダン川西岸は、乾燥したイメージですが、本当は農業が盛んな地域なのですね。そしてそれは、ガザ地区も同じです。
二〇〇七年からイスラエルはガザ地区を封鎖し、翌年から食料や衣料品、電気の供給を制限しはじめました。「青空の見える監獄」です。食も失われ、下水道は電気で処理できなくなるので、地下水も海も汚染されます。
地下水や海の汚染の問題は、気づいていませんでした。
農地の意図的な汚染、水源の意図的な収奪、土地の意図的な接収、人間を意図的に飢えさせること。
これらの露骨ともいうべきイスラエルの暴力を調べていくと、パッケの「飢餓計画」を思い起こさずにはいられません。イスラエルも、ナチスと同様に、ある地域を占領しその地域に生きてきた人を追放したり殺したりして、追放された人びとの復讐に怯えつつ、自国民に食料を確保しようとしてきました。しかもイスラエルは、食料自給率は九〇%を超えているため封鎖という外交カードが切られにくい。(中略)最先端の農業技術システムが、穀物、野菜、果樹、酪農など世界最高水準の生産力をイスラエルにもたらしています。厳しい風土にもかかわらず、国民を自前で食べさせることに成功しているのです。だから日本はイスラエルを見習えと言いたいわけではありません。くりかえしますが、イスラエルの高い食料自給率はパレスチナ人の犠牲のもとに築かれているのですから。
食料自給率90%はすごいですね。
飢餓とは、低関心による暴力です。「知ってるよ、もちろん」という程度のクイズ的な知識で満足する知のあり方による加害です。奴隷という言葉は知っていても、奴隷のように働くマリの少年はイメージできない。また、低関心は、戦争の暴力の激化とも深く関わっています。イスラエルによるパレスチナ人の生存条件の破壊はもう半世紀以上もつづいていて、ほとんどの人が理解しているべきだったにもかかわらず、なぜこの程度しか知られていなかったのかという問いを私たちは突きつけられています。
及ばずながら生徒たちには伝えていたつもりでしたが、充分ではなかったと反省しています。
ガザの封鎖は、まさに人びとから食文化を奪っていくことだからです。岡さん(引用者注:岡真理さん)がお書きになっていたのは、イスラエルによる産業基盤の破壊により、精白されていない小麦からつくられた美味しいパンやオリーブオイルや新鮮な野菜に彩られた食はすたれてしまい、アメリカからの精白された小麦と安価な植物油の援助物資に取って代わられているという状況です。
そもそもイスラエルの入植によってパレスチナの人は水源や土地を奪われ、豊富な水を必要とするオレンジの木が切られ、比較的水が少なくて済むイチゴの生産が奨励されるようになりました。イスラエルは地下水やヨルダン川の水資源を寡占して、キュウリ、ナス、トウモロコシなどの野菜を大規模に生産しています。封鎖によって土地を囲い込まれ、水資源を絶たれてしまった農民はイスラエルから高い水を購入せねばならず、農業を諦めて出稼ぎにいく人もあとを絶ちません。漁業者たちもずっと前からイスラエルの監視のなかで漁場をどんどんと失って魚を獲ることができなくなっている。パレスチナ人たちは、イスラエルが占領してからずっと食べものを通して恒常的に緩慢な暴力にさらされてきました。
食べものを通した暴力の問題は、知りませんでした。伝統的な食生活より、援助物資に頼った食生活の方が、明らかに健康に悪いですよね。
今この世界には五〇〇〇万人の「現代奴隷」がいます。なかでも多いのは性奴隷です。とりわけ難民キャンプの女性たちが売られ、身体的拘束をされて性奴隷にされている。中東だけではなく、ウクライナでも、内戦中のミャンマーでも、女性が連れ去られ、ヨーロッパや日本の性産業に売られています。
漁業と農業においても現代奴隷が使われています。コーヒーやカカオや砂糖の生産に加えて、今大きな問題になっているのはパームヤシです。私たちのシャンプーやチョコレートの原料となるパームオイルの生産現場で児童労働がおこなわれている。キャロル・オフの『チョコレートの真実』にもあるように、チョコレート産業では現在でもマリ共和国の少年たちを奴隷同然に使って、先進国の企業がバレンタインデーで利益を稼いでいます。
上記の援助物資の「植物油」の多くはパームオイルなわけで、ガザの人たちの命をつなぐ食料が、別の人たちの犠牲で生産されているということになります。もちろんガザのひとたちは、そんなことは望んでいないのに。
アメリカの奴隷制やホロコーストを描いた映画は、たくさん制作されています。みんなそういう映画を見て、泣いたり感動したりしている。でも、じつは同じことが、今この世界において、むしろより洗練された見えないかたちでつづいている。ホロコーストの映画に描かれているようなことが、ガス室こそないけれど、ガザで起きていますし、私たちのこの生活自体が現代の奴隷制によって成り立っている。そこに目を向けることがないとしたら、私たちはこれらの作品が告発している人間性に反する暴力を、ただのエンターテインメントとして消費しているということです。
厳しい指摘ですが、受け止めねばなりません。
「三時のあなた」というワイドショーのレポーターとして、一九七〇年代前半にイスラエルに取材に行かれて、そこで、イスラエルは満州だ、パレスチナ人というのは満州の中国人なんだということを彼女(引用者注:山口淑子さん)は見抜くんですね。その後、日本パレスチナ友好議員連盟ができると、彼女はその事務局長も務めていました。
私たちは「植民地主義」という言葉も、日本が中国大陸を占領して満州をつくったことも、学校で習います。それなのになぜ、イスラエルは日本と同じことをおこなっているということに気づかないのでしょうか。(中略)
私たちが私たち自身の過去を知っていたら、パレスチナについても別の見方が生まれるはずなのに、そのような歴史的な視野を持つことが、むしろ意図的に阻まれているような気がします。
これからはそういう視野を持って歴史を教えていきたいです。
ロシア帝国内のユダヤ教徒居住区(引用者注:帝国西部のバルト海と黒海の間。現在のウクライナの領土のかなりの部分が含まれる)に集められていた人びとは、かなり世俗的なユダヤ教徒も多く、ハスカラー(ユダヤ教固有の伝統を脱し、近代ヨーロッパ社会に適応することで差別からの解放を求める運動。個人の解放をめざす啓蒙主義の影響を受け、十八世紀後半から十九世紀に起こった)もあったことで、伝統的なユダヤ教のイェシヴァー(タルムードを学ぶ施設)よりも、ロシア領内の大学への進学を希望する者が多くなっていました。同化思考があったのですね。でも、ロシアの大学を出ても、就ける職業は制限され、ポグロムが絶えない状況がつづくなかで、彼らが非常に「革命的」になっていく流れが生まれたそうです。ブンド(共産主義者同盟)に参加したり、メンシェヴィキやボリシェヴィキに入ったりするユダヤ人が増え、そのなかでシオニストになった者もいた。彼らに共通するのは、革命を肯定する点です。革命的暴力には理があるという思想をもったシオニストたちが、パレスチナに入植していった。
同化しようとしているのに拒まれたユダヤ人が社会主義運動に協力したり、シオニストになったりしたわけですね。トロツキーの両親もユダヤ人でした(トロツキー自身は、宗教を否定するようになりました)。
またまた長くなってきたので、続きは別記事にします。
なお図書館で借りて読んだ本書ですが、消化しきれていない部分もあり、もう一度読みたいので、いずれ買おうと思っています。
↑単行本
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