【読書】茂兵衛は教育者の鑑~『小牧長久手仁義 三河雑兵心得(八)』(井原忠政)~
「三河雑兵心得」シリーズも8巻となりました。年齢を重ね、一巻の頃とは比べ物にならないほど落ち着いた茂兵衛ですが、「子を持って世間が怖くなっ(p.32)」てしまい、言いたいことも言えなくなったことに加え、配下に「情実絡みで危ない役目を振」(p.225)る選択をしてしまったりと、いろいろ惑います。さすが不惑の年齢手前。
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気付いていても、どうにもできないのが、今巻の茂兵衛です。
右顧左眄(うこさべん)
:世間の評判やおもわくなどを気にして、意見・態度を決めかねること。左顧右眄ともいう。(『新明解国語辞典 第三版』より)
右顧左眄というのは初耳でしたが、今巻の茂兵衛は、この四字熟語そのものです。しかし実はそれは茂兵衛だけではありません。
家康もこの時期、右顧左眄していたというのが、作者の解釈です。
ともあれ、迷いの中にある茂兵衛ですが、またまた困ったくんの教育を任されてしまいます。阿呆なのに「叱られると萎えちまう」(p.114)花井くん、まさか今巻も登場するとは……。
でもその花井くんの教育の仕方が秀逸。正確には茂兵衛が思いついたやり方ではありませんが、それを採用したところに、見る目があります。
これは教員をしている私が、日々実感していることです。教えることほど、勉強になることはありません。
また茂兵衛は指示待ち人間の花井くんを、「大事なことは、おまん自身が考え、おまん自身が決めるこったァ。俺でも母御でもねェ。決めるのはおまんだ!」と𠮟り飛ばしもします。でも叱り飛ばしても、怒らない。
叱ると怒るの区別ができる茂兵衛、教育者の鑑です。なおなぜ茂兵衛が怒りかけたかというと、普通なら分かることを、花井くんが分からなかったからですが、分からないことを「分かりません!」と言える花井くん、実は伸びる可能性を秘めています。分かったふりをしないところが偉い。性格も良いし、花井くん、今後大化けするかもしれません。
しかし茂兵衛、つくづく優しいです。
一巻の頃とは大違いなようでいて、このあたりの茂兵衛の心理は、弟の為に人を結果的に殺してしまった、一巻の冒頭と同じです。
この真田兄弟の命名方法は、大河の「真田丸」を観た時から謎だったので、ようやく納得しました。
なるほど、焼け落ちたのは天守だけだったのですね。
これを読んで、太平洋戦争開戦前の日本が重なりました。
唐辛子を別名、南蛮胡椒と呼ぶとは知りませんでした。
古代ギリシャや古代ローマの例でいえば、「戦の趨勢を決するようになった」雑兵は政治的発言力を増すはずですが、日本ではそうならなかったわけですね。
そういう違いがあるとは。
織田信雄を指す言葉として「庸人」という言葉が出てきた(p.251)1のですが、凡庸な人、普通の人のことでした。信長の息子が、普通の人ですか……。
ついこないだの「どうする家康」でも、今巻と同じ小牧長久手の戦いのところで「中入り」という言葉が出てきたので、これで覚えました。
見出し画像は、小牧長久手の戦いの前に池田恒興がおさえた犬山城が描かれている、犬山市のマンホール蓋です。
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