短編小説:日本はママには生きづらいでござる。 〜優先席に座れない妊婦達〜
なんで私は妊婦なのに、優先席に座れないんですか?
優先席で寝こけているサラリーマンも、熱心にSNSをチェックしている女性も、イヤホンつけてゲームしている学生も、優先席に座るなら目ん玉ひん剥いて周りをよく見て欲しいです。目の前にマタニティマークをぶら下げた人間が立っているんですけど。元気に会社や学校に行ったり、友達と遊びに行く体力があるなら、その席を私に譲ってくれませんか。
昨日も誰も席を譲ってくれなくて、その末におばあちゃんが私に席を譲ってくれようとしたんですけど、さすがに断りました。覚束ない足取りのおばあちゃんに席を譲られても、座れるわけないじゃないですか。どんなにしんどくて座りたくても「大丈夫です、すぐに降りますから」って言うしかないじゃないですか。その瞬間、さっきまで寝ていたはずのサラリーマンが目を覚まして、少しも眠くなさそうなパッチリお目々でスマホを見始めたので、ついうっかり笑ってしまいました。
ああ、そういう事かって思いました。
寝ていなくても寝たふりをするし、大して面白くもないスマホ画面を眺めては夢中なふりをする。時にはイヤホンなんかつけちゃって、目も耳も塞いで周囲を断絶し自分の世界に入り込む。そして、気付いていても気付かないふりをする。
マタニティマークをぶら下げた私が優先席に座れないのは、日本がこういう国だからなんですよね。見て見ぬふりは、この国のお家芸なんでしょう。そりゃここまで少子化が進むわけですよ。少子化なんてとっくの昔から進んでいたし、気付いていたはずなのに何も対策しなかったのは、見て見ぬふりをしてきたからでしょう。
本当に、冗談じゃない。いい加減そういう風に見て見ぬふりをするの、やめてもらえませんか。少子化対策は遅いわ、社会は子育てに非協力だわ、妊婦は優先席にすら座れないわ、この国はもう終末に向かって当然じゃないですか。せめて優先席くらい座らせてよ。その席を本気で必要としている人間が、目の前に立っているんですけど。
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妊娠8ヶ月。産前休暇に入るまであと少し。
足は日常的に浮腫むようになり、体重は妊娠前より8キロ増えました。
お腹も張りやすくなってきたので、通勤時は自宅から最寄駅までゆっくり歩いて、たまに立ち止まって休むこともあります。
最近は夜間だけでなく通勤時や仕事中も胎動をしきりに感じるようになって、母になる喜びと責任と焦燥を常に抱えて生きています。
日常生活で一番しんどいのは通勤電車です。朝の通勤時間帯は混むので、特に気を使います。だいぶお腹が大きくなってきましたから、周囲に迷惑を掛けないように、なるべく身体を小さく丸めて電車に乗ります。
妊娠中電車内で立ちっぱなしでいるのは、足と腰に結構クるのです。足はさらに浮腫むし、お腹が大きくなるにつれて反るようになった腰はギシギシと痛みます。駅まで歩いてお腹はすでに張っていて、電車に乗っている間も始終呼吸が荒いことがほとんどです。
それに、8キロの重りを身体につけているのです。さらに軽くもない通勤バックを肩に背負い込んだ私は、軽装備の甲冑を纏った足軽のようなものです。
戦に行くわけでもないんだから、妊婦なんて足軽よりマシだろって思う人もいるかもしれません。でも妊婦は自分の身を守るだけじゃないから、余計に厄介なんです。私にとって、通勤電車は戦場です。
私のおなかには、赤ちゃんがいます。
電車が混んでくれば外部からお腹を圧迫されないようにお腹を守ろうと神経を使うし、お腹の張りを感じれば、赤ちゃんが辛いんじゃないかと心配になります。
ここまで大切に大切に育ててきた、あと少しで会えるはずの赤ちゃんが、私のせいで死んでしまわないかと不安になります。
些細な事でストレスを感じ、不安になり、またそれが見えない重荷となって、荒い息がさらに荒くなるのです。
通勤電車は身体的に辛いのはもちろん、精神的にも辛いのです。ダブルパンチです。仕事をする前からズタボロです。そんでもって、優先席にすら座れない。それでまたストレスを感じて、会社の自分の席に着く頃にはもう疲れ果てしまって、真っ白に燃え尽きるのです。それからようやく今日一日の仕事が始まるわけです。
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なんで出産するまでもが、こんなに辛いんでしょうか。
なんで妊婦がこんなにしんどい思いをしながら通勤して、働いて、優先席にすら座れないんでしょうか。
それはきっと、こんなしんどい状態でも妊婦を働かせて納税させる日本のせいです。
こんなにしんどくても働かないと、子どもを養えない私たち夫婦の少ない給与のせいです。
せっかく積んだキャリアを捨てる決心が未だに出来ない私の卑しいプライドのせいです。
そして、こんな日本で子どもを欲しいと願ってしまった私たち親のエゴのせいです。
まあ、通勤が辛いと文句言うなら会社を辞めればいいと反論されるかもしれませんが、お金を稼がなきゃこの国で満足に子育てなんか出来ないのは分かりきってるじゃないですか。今更辞められるわけがないんです。
何より、私たちのエゴによってこの生きづらい日本に産み落とされる我が子に、せめてお金で苦労してほしくないのです。私が辛い思いをするのはいいけど、私の子どもにいらない苦労をかけるのは許容できません。だから私がどんなに辛くても働いて、子どもにはお金で苦労せずに伸び伸び育ってほしいんです。そうして私は毎日毎日、甲冑を身につけたまま通勤電車の椅子取りゲームに勤しむわけです。
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「日本死ね!!!」って言いたくなる気持ち、よくわかります。一昔前に「保育園落ちた日本死ね!!!」というスレが匿名掲示板にたってメディアにも取り上げられ話題になりましたね。
優先席の前に立つと私も思うんです。「日本死ね!!!」まではいかなくても、日本まじで終わってんなーって。
古文の文法を習う前に、みんな妊婦体験をした方が良くないですか。
動く点Pの問題を解くより先に、働く妊婦の苦労を知った方が人類のためになりませんか。
物理を教えるより先に、甲冑を身につけて行う椅子取りゲームを必修科目にしてくれませんか。
そうしたら、日本国民は働く妊婦の大変さをもう少し理解してくれるようになりませんか。
これだけ少子化が進んで子育て経験がある人も減ったのに、妊婦の大変さをわかる人だって減っているに決まっているじゃないですか。
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仕事する前から満身創痍になって、職場に着いたらぼーっとする頭で仕事して、たまにうっかりミスなんかしちゃった日にはもうストレスマックスで、お酒も飲めない、身体も思うように動かせない。この妊婦の身体ではストレス発散方法なんてろくになくて、ストレスゲージはとっくのとうにもう振り切ってる。それでも働いて、子どもを産もうとする女性たちに、日本はもう少し優しくなってもらえませんか。
優先席くらい座らせてよ。
謙虚さとか、勤勉さとか、なんかそういう都合のいいものを妊婦やママに押し付けないで欲しいです。
まあ、こうして何か言おうもんなら、そんな事で文句を言ってたら子どもは育てられないとか、文句言うくらいなら子どもなんて産まなきゃいいとか、お前みたいな奴に子どもを産む資格はないとか、そんな事を言う人が出てくるのもわかっています。だから妊婦もママも何も言えなくなっちゃうんですよね。日本はそうやって妊婦やママが謙虚にならざるを得ない国なんです。共働きが当たり前になった今もただずっと変わらず、妊婦やママの謙虚さを利用して我慢を強いている。ママになったら、こんな不平不満を声に出しちゃいけませんか。次の世代がもっと子育てに希望を持てるような未来を、夢見ちゃいけませんか。ついでに聞きたいんですけどなんでみんなマタニティマーク見ると寝始めるんですか。
今日も私は通勤電車という戦場に赴きます。
優先席に座れるかどうかの心理戦。甲冑を纏いながら行われる椅子取りゲーム。さながら私は許されなければ座れない足軽。
ああ、日本はママには生きづらいでござる。
とりま、現行のマタニティマークには催眠効果があるようなので、まずはデザインの刷新を提案申し上げ候。
おわり
もはやこれは小説なのか?
一応創作話としてお楽しみください😅
優先席近くに立つ事が増え、妊婦が座れていないケースを多々見る事があって書きました。
こんな小説もあり!と思ってもらえたら、ぜひ連載も読んでみてください😊
他の短編もぜひ☺️