「ありのままを認める」とは?
「ありのままを認める」
というのは、何もしなくていい、ということでもないし、何もできないままでいい、というのともちょっと違う。
こんなわたしじゃダメだから、無理して頑張ったり、やりたくないことをやるのではなく、できない私を認めたまま、じゃあ、ここからどうしようかと前を向く。
そんな感じ。
自転車に乗れるようになった時。
私は、自転車に乗れない自分を、否定したりはしなかった。
ただ、乗りたかった。
できない、とも思わなかった。
周りの大きい子ども達は、みんな乗っていて、遠くまで行けて、楽しそうだった。
一緒に遠くに行きたかったんだろうね。
それで、練習して、乗れるようになった。
ただ、それだけなんだ。
娘の友達に、自転車を持っていないお友達がいて。
子どもは、それを恥ずかしいとも、ダメなこととも思わない。
自転車が好きな娘が、そのお友達と出かける時は、歩いていく。
随分と遠くまで、歩いていく。
彼女にとって、その時間は、至福の時、なんだろう。
そんな娘を、微笑ましく観察するとともに、そんな友達を持てたことに、感謝いています。
色をつけてみてしまいがちな、スレた心のわたしを、そっと戻してくれる。
有難い存在だと、思うのです。
『恕の心』(相手の立場や心情を察する)
頭でわかっていても、なかなかできない・・・。
違いを認め合う。
深く知ろうとする。
そんな人が増えたら、世の中はもっと素敵になる。
コーチ、カウンセラーの道を選んだ人は、もっと良くしたい、そんな気持ちからかもしれないけれど、
本当は、ありのままを認めるだけでいいんだよね・・・。
素晴らしいコーチ、カウンセラーさんを見ると、あんな風になりたい!でもムリ・・・。
って落ち込むけれど・・・。
なれなくていい。
私には、わたしに受けたい、という人がくる。
その人に寄り添えるわたしになる。
憧れは憧れで、素敵だな、でよくて。
そんな素敵な人がいっぱいいる、そんな業界?にいられて、
それぞれの夢や目標に向かっている。
それで、いいんだな(⋈◍>◡<◍)。✧♡
落ち込んでても、哀しんでいても、元気でも、悩んでても。
それこそが、生きてる!
ってことだから(o^―^o)
寄り添えないことを、責めなくても、「寄り添いたい」
その気持ちがあれば、寄り添えるわたしになっていく。
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