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春は心が忙しい

昨日は来客の予定も無かったので、お昼休憩の後はさっさと雑務を終わらして夕方頃には帰ろかななんて思ってたんですが、フリーアドレスの席が埋まっており仕方なくオフィスとは別の部屋で仕事をすることに。

10畳くらいの狭い部屋には書類や備品が雑多に置かれていて、やたらにデカい窓から入る日差しに照らされた木製のテーブルが一つ。
物置部屋と呼ぶにふさわしい場所だ。

そこでは私と同じく行き場を失った先輩がzoom会議をしており、邪魔にならないよう対面にそっと座りPCを開く私。


早く帰るつもりが全然終わらない。
13:00に部屋に入ったはずなのにPCの右下に目をやるともう17:15だ。
その間に向かいの先輩は2つのzoom会議を終わらせている。
日中はあんなに暖かかったのに日が陰り始めると肌寒い。カーディガン持って来れば良かったななんて思いながら席を立ち、エアコンのスイッチを入れると勢いよく音を立てファンが回る。

備品を取りに時折部屋に入って来る人もいたが、出て行くとすぐに静けさが戻る。
早送りで進む1日のタイムラプスで私たち2人だけが、座って動かない。

向かいの先輩は本日3つ目のzoom会議の準備をしている。

20:00。私の仕事はまだ終わる気配が無い。
今日は早くオフィスを出て新しいピアスでも買いに行こうと思ったのに、、、。残念だけどそれはまた来週にしよう。4月はいつも忙しい。

「ごめん、俺の会議の声うるさかった?」

そう聞かれ、いえ全然ですよ!大丈夫です!と顔を上げたところで集中の糸がふっと切れた。
21:30。やたらデカい窓の外は真っ暗だ。
ここからは見えないけれど、若者と思える大きな笑い声が度々聞こえて来て、そういえば朝にリクルートスーツを多く見たよなと思い出す。私の時は何年前だろうか。

もう頭はすっかり疲れていて休みたがっているのに、身体が椅子から離れない。全ての体重が沈み込んでしまっていて。


人生の中で出会う人たちにはそれぞれの位置付けがあって、嬉しい時に会いたい人、楽しい時に会いたい人、何かを教えてくれる人、それが時には恋人であったり友人であったり、同僚という名前を付けて私の前に現れる。

その全部の要素を持っている人なんか存在しなくて、私たちはそれぞれの名前を必要な時に必要な分だけ呼びながら生活に少しずつ潤いを与えている。そしてそのどれか一つが欠けても自分のバランスを崩してしまう。

だから恋人がいるから幸せという訳でもないし、友人も数が多ければ良いという訳でもない。さらに言うと、恋人や友人という名前が適切なのかも分からない。


、、、そういうの、分かりますか?

何の脈絡も無い私の質問に対し先輩は、笑うでも呆れるでもなく「分かるよ。」とだけ答えた。

それでいうと先輩は「こんな変な質問してもちゃんと答えてくれる人」ですね。上手く言葉にできないんですけど、分かりますか?と聞くと、
やっぱり「分かるよ。」とだけ答えた。

いざここの部署を離れるとなると寂しいなー。なんて言いながら、席を立ちエアコンのスイッチを切る私。もうすぐこの物置部屋ともお別れだ。

後片付けをして外に出ると、並びの飲み屋はどこも混雑していた。呼びかけて来るように煌々と光る看板たちを横目に私たちは駅へと急いだ。

春は心が忙しい。
毎年春はやって来るのに、いつも新鮮な気持ちになれる。
その度に違う人がやって来て、違う名前をつけられて行く。

私は忘れっぽい性格だから、この日の名前を忘れないようにこうしてここに書き記すのだ。
次の春にまた思い出すように。





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