切ない過去を飲み干すカクテルを作ってみた
母が好きでよく聴いていた甲斐バンド。
ちょっと乾いた色っぽいハスキーボイスと、詩的な歌詞。
一曲聴いただけで、小説を一冊読んだような、ある人の人生を垣間見たようなそんな気持ちになる。
音楽を聴いているというより、もはや文学作品的に楽しんでいる。
大好きな曲は多いけれど、その中でもいっとう不思議に耳に残る曲がある。
それがこちらの「ブラッディー・マリー」という曲だ。
冒頭で引用したフレーズが何度も繰り返され、血まみれという言葉と裏腹に爽やかなメロディーラインで心地よく耳に残る。
このサビ以外の部分は、別れてしまった「君」の姿や思い出が抒情的に綴られ、繊細で美しい描写にうっとりする。
涙と一緒に君を飲み干したと言いながらも、全然君のことを忘れられていなくて、その矛盾もなんだか強がりに思えてキュンとする。
この歌のタイトルになっている「ブラッディー・マリー」というのはカクテルだ。
トマトジュースでウォッカを割って、少し味付けしたもの。
どろりと赤いその見た目は血を連想させるから、「血まみれメアリー」と呼ばれた16世紀のメアリー1世にちなんで、この名前が付けられているという。
他にも、考案者が好きだった女性の名前から付けられたという説もあり、甲斐さんの曲はこちらの節から生まれたのかしら、なんて想像している。
ずっと気になっていたブラッディー・マリーだが、甲斐バンドを聴いていた当時は高校生だったからもちろん飲めない。
大人になってからも、なかなかバーで見かけない。
なかなか出会えずにいる幻のお酒だった。
ところが、夏に一人旅で訪れた高松の「半空」さんというバーで、ついに見かけたのである。
本にちなんだメニューを出すことで有名な半空さん。
「ヘミングウェイの愛したブラッディー・マリー」として、オキ・シローさんの本と共に提供してくれた。
なんとも粋である。
実際に飲んでみたブラッディー・マリーは、ハーブやウスターソースで味を整えてあって、コクがあって美味しかった。
サッパリと甘くなく健康的なその味は、甲斐さんのロマンチックな甘い歌詞のイメージとは違って、なんだか意外であった。
酒豪のヘミングウェイに思いを馳せながら、ゆったりと味わういい時間を過ごした。
旅から帰った後、しばらくブラッディー・マリーのことは忘れていた。
しかし、季節は秋へと移ろう中で、なぜかふと思い出して飲みたくなった。
どうしてかはわからない。
健康的なのか不健康なのか、ロマンチックなのかロマンチックじゃないのかよくわからないあの変な飲み物を、とにかく飲みたくてたまらないのだ。
材料は、トマトジュースとウォッカとレモン汁、ウスターソースにハーブソルト。
どれもスーパーで簡単に揃えることができた。
グラスに注いでかき混ぜると……あぁ、これ。この味。
ついに私は、家でブラッディー・マリーを飲めるようになってしまったのである。
甲斐さんの歌詞のように、切ない過去も飲み干せたらいいのになぁ。
そんなことを思いながら、私は文豪気分でブラッディー・マリーを飲みながら読書して秋の夜長を過ごすのだ。
《おわり》