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本当に望むものは大抵……

僕は現実主義者というか、少なくとも仕事に関しては、自分のことをかなりリアリストだと思っています。

仕事の大小や自分の役割にはこだわらず、きたものでできそうな仕事はなんでも引き受けています。

「お金になれば別に自分の名前が出ようと出まいと構わない」

というのが僕のスタンスです。

キャリア初期は壮大な目標を立てたこともあったし、自分の名前が出る仕事をしたいと考えたことはありましたが、その時ですら、あまりに無理そうな物事に対しては、どこか諦観を抱きながら取り組んでいたように思います。

それは、もっと若い頃、学生時代にいろんな挫折を経てきて、このような考えに至ったからです。

どのような考えかいうとそれは……






「本当に望むものは大抵、手に入らない」

というものです。

僕は高校時代、演劇部に入っており、当初は役者を務めていて、「将来は役者になろう」と考えていましたが、部内だけでも僕より演技力のある人はたくさんいた。
そして僕の特性は、人前で演じるより「書くこと」にあったので、別に乗り気ではなかったけれど、脚本に転向しました。

大学時代は、それから派生して、映画監督になろうと思ったこともありました。
ただ、お話を作るのはまだしも、僕には画作りの才能や現場を回していく才能、作品を演出する才能が決定的に欠けていることに気づいた。

そして、脚本家に関しても、

「プロとしてお金を取れるレベルにはなれない」

ということを認識した。
しかも、あまり社交的ではない僕が組織に入ってやっていけるとも思っておらず、実際に就職面接はほとんど落ちてしまったので、会社員にも向いていない、ということになった。

そんな僕が唯一、まだ生き延びられる方法が、こう言ったら失礼な面もありますが、

「あまり文章力の比重が高くない放送作家になり、どんな仕事でもいいからフリーランスでなんとか食い繋いで行くこと」

でした。
幸い、“調べること”は昔から好きで、放送作家の下積み仕事の一環として「リサーチャー」というものがあったので、僕はそれをやることになり、いつの間にかそれで独立していたりします。

つまり、僕の現在は、結構、






「妥協の産物」

なんですね。
長年、フリーランスをやっているといって決して、自分の意志を貫き通してきたわけではない。
むしろ、その場その場で自分の「夢」や「目標」に折り合いをつけて、柔軟に対応してきたからこそ、今もこうして続けられているのだと思います。

多くのフリーランスが、意外と、

「当初、目指していたものとは全く異なることをやっている」

のではないでしょうか。

これはちょっと哲学的な言説ですが、お仕事だけでなく、恋愛でもなんでも、「本当に望むもの(人)」は、それに自分は手が届かないと薄々勘付いているからこそ、望んでしまうところがあるのではないかと思います。

それじゃどうすればいいかというと、

「願望を願望ではなくなるようにする」

と、いつの間にか当初、望んでいたものが自然と自分に吸い寄せられてくるのかもしれない。
僕はそう思います。

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田中雅(みやび)
読んで頂き誠に有り難う御座います! 虐げられ、孤独に苦しむ皆様が少しでも救われればと思い、物語にその想いを込めております。よければ皆様の媒体でご紹介ください。

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