音を上げない、絶対に!〜不死鳥にでもなってやる〜
何ヶ月もかけてやっと、本当にようやっとリクライニングさせておけば、2時間強座ってられるまで回復した。すっごい努力と忍耐を要した。(こういう一進一退を繰り返しながら前進?して早10年。)
心の半分は、「このまま順調にいけば、もう少し人間らしい生活ができる」と思う。
心のもう半分は、「ちょっと治療が崩れたら数ヶ月間積み重ねてきた努力が一瞬で吹き飛ぶ」ことを嘆き、恐れる。
希望にすがりたいけどさ……
希望を信じちゃうと、それが叶わない時に最初から希望を持つことを放棄するよりも辛いのも知ってる。
希望は半信半疑で持ち、
自分を褒めつつ、
できることは無理なくできる範囲でちょびちょびやって、
希望や未来の改善は…… 気持ち半分で信じつつ……
祈り続けて……
神様がどうするかは人間には分からないと自分に言い聞かせる。
そして、私達人間が自分のためだと願うことは、必ずしも神様が計画している最善とは限らず…… 時間軸も神様のそれを我々人間は知り得ないと……心の一部では、構えておく。
拷問が病気だろうが、あんまり続くとさ…… 心だけは痛くないように守る癖がついちゃうよね。
その癖が、スポーツで怪我して、怪我をかばってフォームが崩れるように……自分にも人生にも、未来にも、周囲にも良くない諦め癖というか…… ちょっと適当であろうとする癖でも……
それが、最善でも最悪でもなくとも……
良くはないとは分かっていても……
ついつい、自分の心はガラスで作った殻を盾に守ろうとしちゃう。
最善を尽くしても、無理かもしれない。
だからって、最善を尽くそうとすることを最初から放棄したら、闘わずに負けてんじゃない?
闘うのは間違い?
そうかもしれない。
なんというか……
闘わず……
上手く、要領よく、でも放棄せず、そして頑張りすぎない……
良い塩梅で……
ちょくちょく諦めることで、やっぱり芯は諦めずに踏ん張る心を守るとしても……
やっぱり、「諦めたらそこで試合終了ですよ」と「無理しない」に尽きるんだよね。
疲れた。
どうせ、どんなにやっても、どうせ治療崩れて、一瞬で吹き飛ぶんでしょ?
いやいや、決してそんなことはない。
何回も何回も、本当に何度灰になって、そこから誰も見えない小っさな小っさな努力を続けて、誰にも時限爆弾のスイッチ押させないようにも色々努力して奇跡を起こした?
いや、奇跡じゃないよ。努力の復活劇を繰り返しているんだよ…… 布石も読みも、どれほどの沢山で周到な緻密な努力を積み重ねてきた結果か!
それが、一瞬で全て吹き飛んで、また最初から…… 灰から砂粒を千分の一ずつ積み上げて、あまりにも小さい積み木が周囲に見えずに怠けてるとか、努力のし方忘れたとか、逆ギレされることがあったとしても……頑張った。
でもさ、朽ちてさえいなければ、続きがある。その間も全てが消えたわけじゃない。
途切れ途切れでツギハギだらけに見える時間軸でも、実は色々繋がっている。
そうやって道中を歩み続ける。
人生こんなもんだよ。
きっと、勉強をこう感じる人もいるんだろう。
運動がこう感じた人もいるんだろう。
自分はそれが健康というだけ……
何も特殊じゃない。
地道に、地道にゆっくりでも……10歩進んで30歩後退して、31歩進んで……ようやく小さな一歩を進んでも……
前進は前進だから!
そして、とにかく世界から絶縁せずに、可能な限り意図した方向に進もう!
なんのために?
どうせ?
無理……
もういいよ
とにかく、休ませて!
ちょっとでいいから休ませて!
とか、色々思ったってさ、ジワジワやることやれば良いから!
ね😉
大丈夫、大丈夫、いける、いける😄
ま、先のことは分かんないし、周囲が物凄い努力で私の首を繋げてくれようとしてくれてるじゃん?
その努力に感謝して、
それが実って、大丈夫だと信じて……
後先考えても今は変わらない。
今やるべきことも変わらない。
よし!!
行きましょうか!!
今を大切に生きよう!