【イベントレポ】発酵ナイトで発酵してきた
美唄市から帰宅中のサラリーマンや学生、週末旅行に心を躍らせる人々とぎゅうぎゅう詰めの特急列車に約30分ほど揺られ、やや雨の降る中進める私の足は天気に反して軽やかだった。
2023年6月30日。各地、大雨で頭を悩ましたこの日の晩。それでも私が鼻唄を歌い始める勢いで行き道を闊歩していたのは、北海道札幌市にあるbokashiでのイベント―発酵ナイトに参加するからであった。
規模は出店者、参加者合わせて20名ほど。
「発酵が好きな人!」で元気にみんなで手を挙げる。
この規模感だからこそ生まれる温かな雰囲気が会場を包んでいた。
発酵とは何か?
オープニングトークはbokashiスタッフによる「発酵とは何か?」。
そもそも発酵とは、「微生物の働きで有機物が分解され、特定の物質を生成する現象」のこと。by デジタル大辞泉
微生物は酵母類・細菌類・カビ類の三つのカテゴリに分かれていて、味噌と醤油はこの三つの微生物全部が働いている最強発酵食品だという。日本の食文化に胸の中で感謝した。
発酵の力は食品に限らず。藍染めも発酵の力が関わっているらしい。
発酵ってば幅広い……!
興味深かったのは、発酵ムーブメントについて。
かつては若者の関心がほぼゼロだった発酵。しかし、2011年をターニングポイントに、「オーガニック」「美容」「ライフスタイル」観点から広がり、今ではバイオテクノロジーなど「イノベーション」観点でも発酵が注目されているそう。
発酵をそうやって見たことはなかったけど、腸活から発酵に足を踏み入れていた私は、気づかぬ間にまんまとそのムーブメントにすっぽりはまっていた。
発酵パネルディスカッション
オープニングトークの後は、出店者さんによるパネルディスカッション。
パネルディスカッションというと、どこか厳かな印象を持っていたが、このイベントではほのぼのという言葉が似合う空気が終始流れていた。
登壇した出店者は以下9名(敬称略、「:」以降は発酵との関わり)。
・Pickles Lab Hokkaido(札幌市):ピクルス
・広内エゾリスの谷チーズ社(新得町):チーズ
・株式会社 やまのかいしゃ(札幌市):里山と街
・エシカル・タイム(札幌市):腸活
・北海道クラフトビネガー株式会社(新ひだか町):酢酸菌
・源ファーム(大樹町):お肉(サラミ・ソーセージ)
・またたび文庫(白老町):本
・糀cafe musubi(札幌市):甘酒
・北海道食べる通信(札幌市):食文化
出店者一人一人の自己紹介を聞いて「それも発酵だったんだ」と思う驚きの連続。
一番驚いたのはサラミ。サラミは乳酸発酵した発酵食品の一つだという。肉にも発酵食品があるのかと紹介中に「えっ」とつい声を出してしまった。チョコレートもカカオ豆を発酵させてつくっているし、コーヒー豆も製造工程で発酵の力を利用しているという。
醤油、味噌をはじめ発酵は身近にあるとは感じていたが、私たちのおいしい豊かな生活は、思った以上に発酵にまみれていたみたいだ。
株式会社 やまのかいしゃさんは味噌づくりもしていて、今回は「里山と街の発酵」に焦点を当てて登壇。「発酵」という言葉が心地よい関係性の構築を表しているように思えた。食べ物以外にも「発酵」を用いてみると温かい発見が見えてくるような気がする。
出店者同士の意見交換を聞けば聞くほど、「発酵って奥深い」という言葉の重みが増していった。「発酵は思い通りにならない」と出店者が口を揃えるのには、より一層奥深さへ誘われている感覚に陥った。その奥深さは好奇心を増幅させていく力があって、頭の中がぐちゃぐちゃと混ざっていくと同時にワクワクと胸が躍る心地がした。このとき、きっと脳みそが発酵していたはず。
作り手の機嫌で発酵は変わる。
「作り手の機嫌で発酵って変わりますよね?」
パネルディスカッション中、この話題が振られた瞬間、日々発酵と向き合う出店者の方々はにやりと笑ったり、頷いたり。どうやらこの現象は共通しているようだった。
作り手の機嫌が左右するなんて、そんなこと……と思っても、実際に左右しているのを日々目の当たりしているのだから、これは認めざるを得ないといった感じだ。
発酵具合は季節でも変わる。
同じ工程を踏んでも、温度や湿度によって左右されるし、それが一緒だったとしても変わるときは人間の都合など素知らぬ顔で変わる。
思い通りにならない発酵の難しさ。
しかし、難しいと語りながらも作り手の顔は柔らかい。
「他人に伝わりづらい発酵のあれこれ」について語り合う場面では、「チーズに白カビが生えている姿がかわいい」と迷いなく話す広内エゾリスの谷チーズ社さん。分かる分かると頷く源ファームさんは「サラミに白カビがベルベットのように綺麗に生えるんですよ!」とうっとりとした笑みを浮かべていた。
いろんな表情を見せる発酵に愛おしさすら抱いているように見えた。
人間のミスをポジティブに変える。
またたび文庫さんは、発酵に関わる本を読む中で「発酵は人間のミスをポジティブに変える存在」と話した。そう捉えたことはなかったが、聞いた瞬間、確かに!とすぐに腑に落ちる自分がいた。
発酵が関わっている食べ物の起源を見聞きすると、偶然の産物が思いのほか多い。腐らせてしまったと頭を抱えながらも食べてみたら美味しかったとか。
「偶然ね」で片付けることもできるけど、「ミスをポジティブに変える」という捉え方っていいなと発酵に温かい親近感を覚えた。
発酵まみれの試食会
本日のお楽しみ、出店者自慢の発酵食品大試食会。
「食べましょう」とマイクから流れた瞬間、会場が一段階明るくなったんじゃないかと思うくらい、この場にいる人たちの顔が、いいものを見つけた子どものような表情に変わっていった。
配られたワンプレートは贅沢すぎるほどの発酵食まみれ。
源ファームさんの白カビの芳醇な香りがたまらないチーズ入りサラミやソーセージ。
ずっと食べていたい広内エゾリスの谷チーズ社さんの昨年12月からの6か月熟成チーズ。
ご飯と交互に食べ続けたい、株式会社 やまのかいしゃさんのてづくりお味噌。
洋風・和風・スパイシー・スイートと気づいたらずっとポリポリ食べてしまいそうなPickles Lab Hokkaidoさんのピクルス。
bokashiさんの優しい風味と旨味がたまらない酵素玄米とずっとおかわりしてしまう醤油麹の唐揚げ。
優しい手作り感がたまらない伊達納豆さんの納豆。
ふわっふわしっとりなマルヤマベーカリーシアンさんのパン。
口の中で麹のやさしさとサメガレイがとろりと溶ける北海道食べる通信さんお手製切り込み(麴漬け)。
とにかく盛りだくさん。こんなに発酵食ばかりのワンプレートなんて、なかなか経験できない。そして、心も胃袋も満足感が尋常じゃない。発酵食ってこんなに美味しいんだなあと一つ一つ噛み締めた。
マルクマさんのおかゆは満足感を忘れることなく胃に優しく沁みてくる。
北海道クラフトビネガー株式会社さんのSUNOMOの水割りも爽やかな酸味と甘みが絶妙で、ビネガードリンクってこんなに美味しいんだと嬉しい発見。
おいしい空間に包まれると緊張も随分ほぐれ、自然とつくられる談笑タイム。年齢も性別も住んでいる場所も作っているものも取り組んでいることも違う。けど、発酵が好きだということだけは共通している。初めましてのはずなのに会話は弾んで、時間はあっという間に流れていった。
途中、耳に飛び込んだ「実は今日、買える商品もあります」の言葉にすぐ財布を鞄から引っ掴んで並べられた商品を鼻息荒めに眺め、しっかりと買い物も楽しんだ。
作り手から直接買える贅沢さに口許のにやけが収まらないまま、発酵ナイトは幕を閉じた。
おわりに
心もお腹も満たされて、電車に揺られながら余韻に浸る帰路。
車窓に雨粒がするすると滑っていくのを眺めながら、イベント中に提示された一つの問いを反芻していた。
「分単位、秒単位で動く現代社会に、言うことを聞いてくれない、思い通りになってくれない発酵を取り入れることで、日々が豊かになるのではないか」
分単位、秒単位できちきちと物事が進むことが当たり前になった今。便利に感じる一方で、時間の流れに溺れそうになる自分も確かにいる。
そんな時間に追われる日々の中で、自分で味噌を作ってみる、塩麹を作ってみる。
絶対じゃない時間の流れに身を置いて、そこで一息ついてみる。
最初の数時間、毎日の数分間。その時間だけは溺れる自分に浮き輪を投げ入れてくれて、浮き輪を掴めば次第に呼吸も整って、余裕が生まれだしていく。
そうかもな、そうだといいなと思いながら、家に帰って仕込んだばかりの味噌を愛でた。前よりも心が満たされているように感じたのは、きっとこの夜、発酵ナイトで自分も胸の奥で発酵が始まったからだろう。
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