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【異常】「助けて」と言えない。自己責任社会のしんどさと、我が子がホームレスである可能性:『助けてと言えない』

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自己責任社会がもたらした現実

異常な視聴率

この作品は、2009年に39歳の男性が餓死した事件をNHK北九州放送局が取材し、「クローズアップ現代」で放送された内容が元になっています。

そしてこの「クローズアップ現代」の視聴率が、凄かったのです。

そうしたなか、取材班一同驚いたのが全国放送に展開したシリーズ二回目である。なんと17.9パーセントと「クローズアップ現代」の十七年の歴史のなかでもベスト10に入る高視聴率だったのだ。「オウム真理教」や「阪神淡路大震災」など大事件、大震災が軒並み視聴率の上位を占めるなか、一種奇異な出来事だった

当初取材班には、こんな疑問があったそうです。餓死した男性は、どうして自分の窮状を周囲に相談しなかったのだろうか、と。男性は人付き合いが悪かったわけではなく、餓死する数ヶ月前まではきちんと働いてもいました。そんな人物がどうして? という疑問から取材が始まったのです。

ここに、取材班の驚きの要因があります。

取材を始める前は、「この男性の行動は自分たちには理解できない。だから他の人にも理解できないだろう」と考えていたということでしょう。もちろん彼らは、取材をする過程で様々な現実を知り、考えが変わっていきます。しかしそれでも、「放送後の圧倒的な共感」は意外だったのでしょう。

なぜ三十代にここまで共感が広がっているのか。放送した番組のテーマが三十代の声を伝えることができたと、改めて確信を持てた反面、私たちには戸惑いも生まれてきた。ここまで共感が広がることは予想していなかったし、死に至るまで「助けて」と言うのを拒み続けることに共鳴する声が多かったことに、衝撃を受けたからだ

また予想外だったことはそれだけではありません。この共感が女性にも広がっていたことに、取材班は驚いたといいます。

共鳴し増え続ける三十代の言葉。そうしたなかに、ある特徴があることが次第にわかってきた。実は、女性にも共感する声が広がっていたことだ。驚きだった。なぜ、私たちにとって驚きだったのか。それは、こうした問題は男性の非正規雇用に限られた問題だという意識が、どこかにあったからかもしれない

こんな風にして取材班は、思ってもみなかった形で、現実社会を強く浮かび上がらせる切り口を見つけることになりました。

助けてと言えない若者

そういう援助を断ったり、いくら呼びかけても助けを求めないホームレスの人がすごく多いんだよ。しかも、二十代、三十代くらいの若いホームレスの人たちが特にそう。それがいま一番の問題。どうしたらいいか、僕たちも困っている。どうしたらいいんだろうって

取材によって明らかになったことは、「若い世代のホームレスが増えていること」「若い世代のホームレスは助けを求めないこと」でした。

炊き出しのボランティアなどを行うNPOの代表者も、この現実に戸惑っています。「相談してみないか?」と声を掛けても反応がなく、親にも話していないというケースも多いと言います。だから、自分が知らないところで自分の子どもが実はホームレスになっていた、なんていう可能性も充分にあるわけです。

何故若者は助けを求めないのか。そこには、彼らなりの矜持があります。彼らは、「自分がホームレスに見られないこと」に生活の力点を置いているのです。

入江さんは自分がホームレスであることを認めているにもかかわらず、他人にはそう見られないように、どう行動すれば、自分がホームレスに見られないかという一点に集中して一日を生活していた

ホームレスに見られないようにしている努力は、これだけではなかった。入江さんは、残りわずかな生活費をつかって、コインランドリーで十日に一度洗濯をしていた。

こんな価値観が生まれるのには、社会の変化も大きく関係しています。

以前テレビで、「日本の貧困は見えにくくなった」という話題を取り上げていました。今の日本では、ファストファッションやファストフードなどが多く存在し、あまりお金を掛けずともそこそこの身なり、生活ができるようになっています。以前であれば、「つぎはぎだらけの服」や「食べるものがなくてお腹を空かせている」など、外から見て貧困であると分かりました。しかし今は、外見や立ち居振る舞いからだけでは、貧困かどうか見分けがつかなくなっている、というのです。

これと同じことは、ホームレスにも当てはまります。漫画喫茶に泊まり、食事は安く済ませ、コインランドリーで洗濯をすれば、定住できる家が無くてもそれなりに身ぎれいに生活できてしまいます。そして、それが可能な社会になっているからこそ、若いホームレスは「ホームレスに見られないこと」に気を配るのでしょう。その意識が、ホームレスとして支援を受けることの妨げにもなっているのではないか、と指摘します。

自己責任社会の辛さ

しかしそれ以上に辛いのは、やはり、「自己責任」を突きつけてくる社会でしょう。

いまの三十代は自分でなんとかしなければならない「自己責任」の風潮のなかで育ってきたといえる。

自分の責任。この言葉は、私たち取材班の心に響いた。自己責任。私たち取材班のメンバーも、三十代や三十代に近い世代で構成されていた。これまでの人生でも、自己責任という考えを、強く求められてきた。この男性に限らず、私たちは、「自分の責任で何とかします」という言葉をこの後も何度も聞くことになる

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