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皇位継承問題とその精神 女系容認? 男系女子?
こんにちは。
10/27衆議院総選挙の投票行動にも結びつく、皇室の「男系」「女系」問題。
先月の総裁選の争点にもなり、最近よく聞く、皇室典範「男系男子」維持について考える。
普通の1980年代生まれの私としては、特に皇室に強い思い入れがあるわけではない。
しかし、普段、あえて意識しないが「日本人とは何か?」と考えた時に、約2700年続くとも言われる皇室は、我々の存在の連続性の根拠、ある種の拠り所となるはずだ。
意外に正しく理解されていない「男系女子」と「女系」容認
皇位継承の話で、意外に理解されていないのが、「男系女子」の存在。
(ちなみに、現在の場合、愛子様が男系女子ですね)
現在の皇室典範では、継承は男系男子だが、過去に女性の天皇はいらっしゃったし、「男系女子」を時の天皇とする事は、皇室を途絶えさせる事にはならない。
ただ、過去に存在した女性天皇は、未亡人か生涯独身であった。
つまり、配偶者や子は持たず、男系の流れに沿うということ。
そして、男系とはお父さんを遡っていけば、初代神武天皇に行き着くということである。
初代神武天皇の誕生は紀元前711年とも言われており、皇室の歴史は約2700年と世界最古である。
(*実存性を重視し、約1400年とする場合もある)
また、日本は世界で唯一、同じ皇統が続いている単一王朝国である。
「女系容認」とは?
今話題の「女系容認」とは何か。
「女系」天皇=女性天皇ではなく、お母さんを遡ると皇統が追えるということである。
つまり「女系男子」というのもある。
しかし、現代まで男系で来ているものを、時により、「女系も容認します」というのは、皇統とは言えないし、単なる家督継承である。
女系にするのであれば、最初から(あるいは、それを決めた時点から)女系で統一しなければ、おかしい。
時に女系、時に男系なんていうのは、結局、女系でも男系でもない。
そう考えると、皇位継承について「女性差別」の観点から論ずるのは、お門違いだろう。
(以下のような、「女性差別」論は歴史に対する不理解から生まれているのか?それとも、何らかの思惑か?)
天皇の役割は?
天皇の役割は、時代と共に変化し、現在では専ら国民の象徴とされている。
しかし、時代を遡れば、もともと宗教的役割を担っており、国家国民のために祈るという、「国民と神々をつなぐ存在」であったという。
現在でも、新嘗祭や大嘗祭(即位後初の新嘗祭)といった伝統的な儀式がある。
2700年(あるいは1400年)の長い歴史のほとんどで、日本人にとって天皇とは精神的なものであった。
その負の側面が語られる事は多くとも、日本人が日々の拠り所としていた歴史について語られる事はあまりに少ない。
精神的な拠り所が必要とされる時代
日本経済は縮小の危機を迎え、移民政策の下に多様なルーツを持つ人々が国内に増えている。
世界では、あらゆる方法で、お金、土地、資源などリソースの取り合いをしている。
益々、世界は混沌とするだろう。
個人的経験になるが、米国の大学に留学し、後に外資系企業に勤め、東南アジアの都市に単身生活していた時、自分が「宇宙を漂う量子」の様に感じた。
そこに統一性や連続性を感じることができなくなったのだ。
その様な空虚な精神状態の時、人は新興宗教などにはまるのかもしれない。
ただ、過激でも原理派でもなく、
我々日本人にそっと寄り添った、脈々と続く皇室の歴史を思うと、自分の存在に壮大な連続性を感じる。
「精神性」とは、その様な穏やかなものではないだろうか。
未来の人のために守りたい
現代人の我々、個々人が皇室に関して、どのような思があるかは千差万別であり、無関心という人も多いだろう。
しかし、2700年(あるいは1400年)続いてきたものを、深く考えることもなく、現代の価値観だけで途絶えさせてしまうというのは、無責任に思う。
当然、皇室維持のためには、今後も工夫が必要になる。
今から2700年後、どんな世界があるのか、私にはわからない。
ただ、そこにまだ人間がいるなら、万世一系の皇室があって欲しいと思う。
それは、きっと、個々人の中にある連続性や、それに基づくささやかな肯定感を与えてくれるものだと思うから。
グローバル化が進み、AIが活躍すると、人間は相対化される。
その様な時代にこそ、このささやかな肯定感に繋がる精神性が重要で貴重なものとなる。
なぜなら、相対化された世界でどの様な評価をされようとも、人間は自分の存在を信じて生きていかないといけないのだから。