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戯れごと短歌 読むのは好きでも詠めない大人
「10時間働いたしビール飲みたいね」「ごめん下戸だわこしあん舐める」
フルタイム 身体壊して辞めた君正規よりデキるバイトリーダー
週5日働く手段(すべ)は週3日在宅ワーク週2非正規
祖母の庭彼岸花切りし盗人が貧しいことを願う薄明
【戯れごと短歌の誕生】
入賞経験のある立派な歌人の友人がいる。
「長文を書けないから、言葉を凝縮する」
のだと言う。
私はライターであるため、長文の方が得意で、短歌は国語の授業で作らされた頃から苦手だ。
しかし何気ない手紙でのやり取りのなかで、一筆箋につづられた友人の歌を読む時間は至福である。「五・七・五・七・七」の調べに惹かれる日本人としての本能を、珠玉の言葉がゆさぶってくるのだ。
友人は資本主義社会と情報社会のいずれとも距離を置いている、飄々たる仙人のような人物である。Web上に作品を公開せず、淡々と詠み、働き、食べ、寝て、時には入選する。
かつて一度だけ、私からの誘いに乗りかかったことがあった。
「noteで短歌を発表しよう」
この誘いは友人の胸を少なからず躍らせたようだった。
しかし後日スマホに届いたのは、ていねいに、慎重に打ち込まれたお断りのメールだった。
このまま未発表作品が埋もれてしまうのはもったいない、という私の「受け手としてのエゴ」を完全に見透かしていたのだろう。
結局、私が「ある歌人の一言note」として用意したページは、空白のまま、季節が二つ過ぎた。
あるとき、私のX(旧ツイッター)の投稿に「うたってんな」とコメントした人がいた。
真意は分からない。だが、私はそれから本能的に「うたおう」と思った。投稿文を「五・七・五・七・七」ではないのだけれど、「五・七・五・七・七」っぽいリズムを帯びた「戯れごと短歌」としてまとめた。
今回、空白のnoteに(格調高い友人の歌を待っていたはずのページに)、これら四首を載せてみた。近々友人にも披露するつもりである。
短歌を詠むことが嫌いだ。作文では学年一位を取ったけれど、短歌は国語教師が困惑してコメントを諦めるほどだった。
だからこそ、私が駄作を生み出し、公開をくり返せば、友人は危険を感じるだろう。
そして「そんなものは短歌じゃないから、代わりに書いてやる!」と、友人の作品が増えていくという寸法だ。
あるいは夏目漱石が、親友の正岡子規に俳句の添削を頼んだように、赤を入れてもらい、完成度を上げるのもいい。ゾクゾクする。
最終的には最初に想定していた「格調高い短歌note」になっていくのではないだろうか。今はそんな戦略を頭に浮かべつつ、駄作を書きなぐる日々である。
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