ピーター・アダムソンの哲学史ポッドキャストについて
以前にも簡単に紹介したのだが、おすすめの哲学史ポッドキャストがある。ピーター・アダムソンによる「隙間なき哲学史」(History of Philosophy without any gaps)である。今回はなぜポットキャストを始めたのか、そしてその充実した内容について紹介してみたい。アダムソンは研究者として椅子に座ることが多く、腰を痛めてしまい、その対策としてジョギングを始めた。その時にローマ史ポッドキャスト(History of Rome)に出会い、哲学でもそのようなものができないかと始めたのがきっかけであった。蓋を開けてみれば、大体毎週一エピソード(休みの期間には隔週もしくは一定の期間丸っとお休みすることもある)の更新で、西洋哲学に関しては460エピソードを超え、インド哲学は60本、アフリカ哲学は140本、中国哲学は20本の配信数となりかなりの量になっている。たとえ一つのエピソードが数十分だとしても、真剣にすべてを聞こうとすればもうすでに大変な分量である。
アダムソンの哲学史ポッドキャストは学問上の中心問題を読者にわかりやすく面白く伝えることに重点が置かれている。かといって、そう簡単な内容というわけではなく、その回その回で基本書に関する詳しい参考文献が挙げられているように、実際にその問題に興味を持った読者がより深めていくための心強い案内にもなってくれている。従来であれば現在刊行されている哲学史の教科書やスタンフォード哲学百科事典などの文献案内を見て、本文の内容と照らし合わせながら必要な文献を探すことになるのだが、まず読まなければならないであろうものがその重要性とともに紹介されているのである。文献案内はさておき、ポッドキャスト自体の内容の方が大事であろう。毎回、一見キャッチーな導入がなされるものの、実際にテクストを紐解く読者がすぐにぶつかるであろう問題に見通しを与えてくれるのがこのポッドキャストの特徴である。哲学に関心を持ってみたものの、日本語の教科書を読んで森に迷い込んでしまったような思いがする人は一度、アダムソンのポッドキャストを聞いてみてはどうだろうか。耳で入ることの利点は実際にテクストを読み解いていくときに気になる言葉を知ることができることにある。
この哲学史ポッドキャストは数回に一回、その分野の専門家を交えたインタビューが入っており、その研究の最新の動向を知ることができる。アダムソンのピンポイントなエピソード作りに対して、その分野自体の面白さや傾向を伝えてくれるもので、インタビューのみを聞いていくのも勉強になる。また、アダムソンの各回のテーマは「隙間なく」と言われているように、全体を見渡して主題も時代も地域も抜かすことなく扱うことが目指されていることが分かる。従来の西洋哲学史では手薄であった古代後期やイスラム哲学が充実しているのは、この時代の新プラトン主義を専門的に研究しているアダムソンならではである。アラビア哲学に軸があるように、哲学史で見落とされがちなインドやアフリカや中国の哲学を古代から現代まで、ざっとではなく手ごたえのある仕方で概観していることも注目されよう。
ただ、結構真剣な内容でもあるので、聴いて一度で理解しようとすると疲れてしまうこともあるかもしれない。音響ばっちりの録音ならではの緊張感も相まって、聞き手に少し集中力を要する面も確かにある。しかしポッドキャストのきっかけそのものが気軽に聞いてほしいとの思いで作られているのだから、散歩をしながら、通勤の電車の中で、家事をしながら、気軽に聴いてみてはいかがだろうか。英語の勉強に、そしてもちろん哲学の勉強に、お勧めなポッドキャストである。