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【随想】小説『奇妙な仕事』『死者の奢り』『他人の足』『飼育』大江健三郎

大江健三郎
初期の短編を四つ読んだ。

『奇妙な仕事』
『死者の奢り』
『他人の足』
『飼育』

とにかく描写が凄まじかった。

日本語がとにかく独特で難しい。

この筆力は、現代作家では
確かに誰も及ぶべくもないと、感じる。

最近は読みやすい現代小説ばかり読んでいたせいか、
日本語の判読に、酷く、手こずってしまった。

つい何度も何度も同じ箇所を読み直していた。
文意を理解するまでに時間がかかるのだ。

しかし繰り返し読んだとしても、完全には理解できないていないなと思いながら、次に進むことが多々あった。

このどこか読みきれていないという持続的な消化不良さが、読むという行為全体に疲れを生じさせた。

物語の展開については、特に目新しいと感じるものはなく、登場人物の人格や思考についても、違和感なく咀嚼できた。

ただ、物語のモチーフ(設定)には、これはフィクションなのか、フィクションにしては描写が真に迫りすぎているというか、目の前で実際に見ていないと描写できないだろうと思うような、新鮮さと驚きがあった。

『奇妙な仕事』は犬殺しのアルバイト、『死者の奢り』は死体運びのアルバイト、『他人の足』は脊椎カリエスの患者の病棟、『飼育』は森の奥の谷間の村で敵兵を飼育する話…

『飼育』が、大江健三郎23歳の作品、ということで、
恐るべく早熟の天才である。

では、凄まじい『死者の奢り』の冒頭を、引用しておくことにしよう。

 死者たちは、濃褐色の液に浸って、腕を絡みあい、頭を押しつけあって、ぎっしり浮かび、また半ば沈みかかっている。彼らは淡い褐色の柔軟な皮膚に包まれて、堅固な、馴じみにくい独立感を持ち、おのおの自分の内部に向かって凝縮しながら、しかし執拗に体をすりつけあっている。彼らの体は殆ど認めることができないほどかすかに浮腫を持ち、それらが彼らの瞼を硬く閉じた顔を豊かにしている。揮発性の臭気が激しく立ちのぼり、閉ざされた部屋の空気を濃密にする。あらゆる音の響きは、粘つく空気にまといつかれて、重おもしくなり、量感に充ちる。
 死者たちは、厚ぼったく重い声で囁きつづけ、それらの数かずの声は交じりあって聞きとりにくい。時どき、ひっそりして、彼らのすべてが黙りこみ、それからただちに、ざわめきが回復する。ざわめきは苛立たしい緩慢さで盛り上がり、低まり、また急にひっそりする。死者たちの一人が、ゆっくり体を回転させ、肩から液の深みへ沈みこんで行く。硬直した腕だけが暫く液の表面から差し出されており、それから再び彼は静かに浮かびあがって来る。



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