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「逆境」や「不遇」が人生にプラスに働くときとは?ー『菜根譚』

どんなに喜び事にも心配の種がある

「真の幸せとは何か」。
 中国思想の研究者、湯浅邦弘大阪大学名誉教授(以下、湯浅先生)のテキスト『別冊100分de名著「菜根譚(さいこんたん)×呻吟語(しんぎんご)」』をもとに「幸せ」について考えるシリーズ。6回目です。

 自分が置かれている状態を「幸せ」と感じるか、「不幸」と感じるか。前回は釈尊(釈迦)の言葉を引いて、それは自分の心の持ち方で決まる、ということでした。
『菜根譚』の著者・洪自誠が具体例をあげて、心の持ち方について説いています。中国明の時代の書物なので、例えがいまの時代にはマッチしていないところもありますが、参考になることが少なくありません。まずは現代語訳から。

 子どもが生まれるとき母親の命は危うくなる。鐵〔銭さし〕にお金を貯め込めば、盗っ人がそれを狙う。
 どんな喜び事も心配の種にならないことがあろうか。
 貧乏すれば費用を節約し、病気になると体をいたわるようになる。
 どんな心配事も喜びに変わらないことがあろうか。
 だから、達人といわれる人は、順境も逆境も同一視し、喜びも悲しみもともに忘れ去るのである。

 次に読み下し文です。

 子生まれて母危(あやう)く、●(きょう)積んで盗(ぬすびと)窺う。何の喜びか憂いにあらざらん。
 貧は以て用を節すべく、病は以て身を保つべし。何の憂いか喜びにあらざらん。
 ゆえに達人はまさに順逆一視して欣戚(きんせき)両(ふた)つながら忘るべし。
*●はワードの用語になく伏字とさせていただきます。

別冊100分de名著「菜根譚×呻吟語」

 モノゴトは喜びと悲しみが裏表になっている、ということです。
 1つは子どもの誕生。
 家族が増えるという、人生で一番のお祝いの日ですが、洪自誠によれば、母親の生命がもっとも危険にさらされる日でもあります。難産で母親が命を落としてしまいかねません。とくに出産医療が発達していない時代には、悲劇に見舞われることも少なくなかったのです。

 もう1つはお金持ちの話。
 お金がたくさん貯まれば、盗まれる心配が出てくる。そういう例えになっていますが、ほかにも、いろいろと思い浮かびます。
 お金目当てに人がすり寄ってきて、儲け話に誘われて大損をしてしまう。
 あるいは、本人が亡くなった後、残された財産を巡って親族が骨肉の争いをし、憎しみ合う関係になってしまう。

「不遇」が人生にプラスに働く

 それに対して、逆境や不遇が、人生にとってプラスに働く話を2つ挙げています。
 1つは貧乏。
 貧乏をすれば節約を心がけるので、(人並みの暮らしはできないかもしれないが)生活はバランスする。財産すべてを失うようなことにはならない、ということです。

 もう1つは病気。
 病気になればそれを機に体調に気を配るようになって、長生きできるかもしれない。無茶をして寿命を縮めることにはならない、ということです。

 いい思いも、手痛い思いも経験された方が、こんなことをおっしゃっていました。

 人生がバンバンうまくいっているときには、自分を中心に世界が回っているという錯覚にとらわれ、制止がきかなくなる。一方、惨事や不運に襲われたときには、悲観したり、嘆いたり、人を羨んだりしがちだが、人生をあきらめていけない。それなりの身の処し方をすることで、破産や家族崩壊にならずに済んだ。

 必死に挽回しようとしてくれる人には、誰かが救いの手を差し伸べてくれる。そういうこともあるでしょう。

 一度や二度、この教えを読んだからといって、「幸せ」の達人になれるわけではありません。でも、何も知らないよりは、知っているほうがいい。
 あるとき、ふと「幸せ」の教えに気づいて、実践できるようになる。そう思います。


『菜根譚』著者:洪自誠(こうじせい)。
書名は、宋代の王信民(おう・しんみん)の言葉「人常(つね)に菜根を咬みえば、則ち百事(ひゃくじ)做(な)すべし」に基づいています。「菜根」とは粗才な食事のことで、そういう苦しい境遇に耐えた者だけが大事を成し遂げることができる、ということです。

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