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自分の存在を無条件で認めるのは自分

行き着く答えはそういうことになります。

本来であれば、養育責任のある親から認められて、少しずつ揺るぎない自信が身に付くはずです。

しかし、わたしはそうじゃなかった。
思考力や感情処理能力が乏しい両親の精神的ケアを無意識にやり続けた。

とはいえ、わがままを一切聞いてもらえなかったわけではありません。
ただ、何かを成し遂げても褒められず、1個の欠点を見つけては即ダメ出し。

ダメ出しほぼ10:褒めるほぼ0
これが当時のわたしの家庭です。

無条件で認められず、体だけ成長して気づいたら大人に。

認めてくれそうな大人を探し回って、見つけられず疲れ果てたわたしの脳裏によぎるものは「死」でした。

これを繰り返し深掘りしました。
出てきた中身は以下の通り。

死ねば・・自分たちの失敗に気づくだろう→ちゃんと向き合うだろう→わたしの生き方が許されるだろう→ようやく愛されるだろう

望み(計算)はそのまま真実になるだろう。
しかし、これは大きな勘違いでした。

本当にそうしたところで起こるとされるのは、なんで?→弱いから死んだ→すぐ元の日常を取り戻すことに夢中

つまり、真実から目を背けるのは変わらず続くだろう・・しかも一生。

この現実が見えたとき、死んでまで親に愛を求めるのは辞めにしよう。
そこからは親との境界線を引くようになります。

ですが、他人への要求はしばらく続きました。このような思考のクセを取り除くべく心理学を学び、そこで得た知識を参考に、さらにあらゆる人との関わりを通して、自分と向き合い続けました。

先日、自分の敵は自分であることを記事にしました。

自分の欲求は自分で満たす。自分のネガティブな感情は自分で癒やす。自分を勇気づけるのも自分。

時には他人の協力を得ることもあるだろう。もちろん、この恩は受け取りつつ、最終的には自分が最大の理解者でいること。

あらゆる呪縛から解放された自分軸で生きるには、ここが重要に思えます。

他人は「自分の機嫌取り」のためにいるわけがありません。
自分の人生は自分で責任を持ち、自分で自由に生かすこと。

呪縛を解く最強スキル。
これをどう扱うか・・それはやはり自分次第ということです。

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トモ@noteクリエイター2年目
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。 ”サクセスストーリーの創作”はこれからも続きます!