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-それは、Φという独りの少年が、一人になるまでの物語-
彼はもう、人生を諦めようとしていた。
何もかもが寝静まる丑三つ時に、全てを終わらせるはずだった。
夜、彼はいつも通り家を抜け出した。夜半に公園を散歩するのは、彼の日課だった。彼はいつも通りの風景を歩きながら、これが彼の人生最期の景色だと思っていた。
君と出会う、その瞬間までは。
あの日、君は、路傍のベンチに座っていた。
君は、花のような人だった。あるいは、そよかぜのような人だった。
君は、凛とした佇まいで、ぼんやり歩く彼を見ていた。
きっと君は、感じ取っていた。
彼の心から滲み出る、孤独な涙に。
彼の周りを蠢いている、死の気配に。
君は、何も言わなかった。ただじいっと、彼の苦しみを見つめていた。
けれど君の眼は、たしかに彼の心に触れていた。
彼は今でも覚えている、
それは初雪の訪れたあの日、零時の出来事だった。
彼は、とびぬけて優秀な男だった。
彼の人生の道のりは常に、称賛と羨望の眼差しで埋め尽くされていた。
<この間の模試、あいつが学年トップだって>
<あいつ部活も全国らしいじゃん>
<でもあいつ、授業中ほとんど寝てるんだって>
<やっぱ器がちがうよなぁ>
だけど彼は、称賛にも羨望にも興味はなかった。
彼はもっとありふれた幸せを、心の底から求めていた。
彼は、登下校を誰かと共にする幸せが欲しかった。
彼は、お昼休憩を誰かと過ごせる幸せが欲しかった。
彼は、くだらない話で誰かと笑いあえる幸せが欲しかった。
彼は、誰かを信じて本音を見せられる幸せが欲しかった。
彼は、疲れた時に黙って肩を貸してくれる、手を握ってくれる、
そんな存在が欲しかった。そのためなら、優秀な頭脳も重ね続けた実績も、捨てるつもりだった。そのためなら、どんな危ない橋も渡るつもりだった。
けれど彼は、そんなありふれた幸せを、何一つ掴めなかった。あまりにも優秀な彼は、どこのコミュニティでも、惑星だった。ただ誰にとっても鑑賞の対象であり、輪に入ることは叶わなかった。
”ひとりぼっち”という言葉がある。彼はこの言葉を、”一人ぼっち”と書いてはいけない、と思う。
だって、”ひとりぼっち”の眼には、誰も映らないから。自分自身さえも、映らないから。
一人じゃなくて、独りだから。
彼はずっと、何もない真っ白な雪景色の中で震えていた。
彼は、自身を ”Φ” だと思っていた。
だからあの時、彼は泣いてしまったんだと思う。
君の眼には、たしかに彼が映っていたから。
だからあの時、彼は泣いてしまったんだと思う。
君は無言の中で、たしかに彼の心を抱きしめていたから。
だからあの時、彼は笑ってしまったんだと思う。
君は雪景色から、たしかに彼を、
連れ出してくれたから。
明くる日の零時、彼は同じ路傍に立った。
そこには、君も、ベンチも無かった。
きっと彼は気づいている、
”君” は最初から、存在していなかったことに。
彼の心を守ったのは、彼自身だということに。
けれど彼は、かがんで、”君” へお辞儀をした。
『感謝する。”君”に助けられ、苦痛は過ぎ去り、私は喜びに満ちている。』
彼は再び ”一人で” 歩み出した。
満天の星空が、彼を照らしていた。
今回も読んで頂きありがとうございました!
今回は僕自身を題材に扱った作品です。
ですが、自己投影以外にも、
最近観た ”ミステリという勿れ” で得たインプレッションも作品の終盤に投影させて頂きました!
Φは、実は読んでいる皆さんの心を温めたいだけではなく、
作品を通して、皆さんにΦの心を温めてもらいたいのですw
是非スキやフォロー、よければ
”感想”をコメにお願いします!
では、1500字ピッタリで失礼します~!