お寺の掲示板 【No.36/柊原のお寺・真宗寺/2024.2月】
絶餮棄欲 絶忿棄瞋
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聖徳太子が定めた『十七条憲法』のなかの一節。
5条目の「餮(むさぼること)を絶ち、欲(ほしいまま)にすることを棄てて」と、
10条目の「忿(こころのいかり)を絶ち、瞋(おもえりのいかり)を棄てて」
の抜き出し。
インド発の仏教がいつの時代に日本へ伝わったかというと、諸説ありますが、552年説と538年説があります。年代を新しい方から記したのは語呂合わせのため。「午後にご参拝」で覚えましょう。
さて、ではその仏教という思想の根幹は何かというと、「三毒(さんどく)を出来るだけ無くしましょう」というもの。三毒とは、
人間の持つ3つの悪徳・煩悩のことで、まず、
「むさぼりの心」である「貪欲(とんよく)」、
「いかりの心」である「瞋恚(しんに)」。
この2つは「過ぎたる「好き」」と「過ぎたる「嫌い」」と捉えてもいいでしょう。
そしてこれぞ人間の根源的な不善根(ふぜんこん)である「まよいの心」。ものごとを正しく見れずに、的確な判断が下せず、いつまでも惑い続ける「愚痴(ぐち)」です。
愚痴は「無明(むみょう)」、即ち、僅かの光も射し込まないような真理への無知とも言われます。
この「貪欲・瞋恚・愚痴」をまとめて「貪瞋癡(とんじんち)」と称します。
貪瞋癡を離れることを旨とする、インド発の仏教という外来思想が、いつどのように日本に受容され、浸透したのでしょう。
そのことを考察する、ひとつの極めて重要なターニングポイントとして、聖徳太子の憲法制定が挙げられます。
太子が、日本語で仏教的な文言を、公性のある媒体で明文化したというインシデント。
故に太子は「和国の教主」、即ち日本のお釈迦様とも讃えられているのでしょう。
キリスト教で言うところの、現存する最古の和訳聖書、ギュツラフ訳『約翰(ヨハネ)福音之傳』が1837年に作られたように、
イスラム教で言うところの、最初のクルアーンの和訳本、『コーラン経』が、1920年に坂本健一によって作られたように、
『十七条憲法』は、仏教という、日本に上陸したてのコンテンツ・世界最先端の国際的ナレッジが、我が国にいかなる展望を見せるのかの趣意書でもあると言えるでしょう。
(※逆に、物部氏ら保守勢力からしたら、仏教は危険思想に他ならず、『十七条憲法』の発布は、日本の個的な精神性への宣撫工作であり、外患内憂の極まりであったでしょう…)
当憲法の制定は、日本一国の政治学的な価値だけではなく、世界宗教たる仏教の、最初期のジャパニゼーションの跡という見方も可能であり、文化人類学的な価値を掘り出すことも出来るのではないでしょうか。
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