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『うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間』先崎学著:当事者がつづった、回復へのポイントがわかる本

プロ将棋棋士で、漫画『3月のライオン』監修も務め、忙しくしていた著者が、50歳を目前にうつ病にかかり、1年間の闘病を経て現役復帰した。その療養の日々をつづった手記。

兄が精神科医で、妻はプロ囲碁棋士という、身近に理解者がいる環境ではあったと言えるかもしれないが、病状は深刻だったようだ。

性欲の減退や、文章が読めなくなること、テレビで言っている内容も頭に入らなくなること、落語などの複雑な筋が追えなくなること、外食したり買い物したりすることも困難になること、日常のちょっとしたことも決められなくなること、起き上がるのもやっとなこと、死にたくなること、回復期には嫉妬したり焦ったりわめいたり泣いたり悔しがったり不安になったりすること、などを赤裸々に正直に書いている。

子どものころのいじめられた経験を語り、高齢者、病気や障害のある人に将棋を教えに行く活動をしてきたことから、自分のうつ病のことも人と語ることができた、と述べているのにも感銘を受けた。

 しばらくたってから、うつ病と散歩について兄とはなした。兄はこういい放った。
「医者や薬は助けてくれるだけなんだ。自分自身がうつを治すんだ。風の音や花の香り、色、そういった大自然こそうつを治す力で、足で一歩一歩それらのエネルギーを取り込むんだ!」
 直感的に、なるほどこれは正しいのだろうな、と感じたものだ。
(本書p. 63より)
 兄のことばを借りるまでもなく、差別的な偏見はなくならない。ただし、まるごと空洞化することはできると思う。それには、皆が堂々と生きることである。まともに生きればよい。まともに生きている人間を馬鹿にする奴はまともではない。馬鹿である。
(本書p. 166より)

回復、本人にとっては将棋界への、勝負師としての復帰に際して、将棋を指す「感覚」「感性」に着目していたのも示唆的だ。

また、人から掛けられたちょっとした言葉や、反応、しぐさから、勇気をもらったり元気づいたりするさまも、真実味にあふれている。

うつ病、うつ症状からの回復に大切と思われる、

・寝る、休養すること
・散歩する、自然に触れる、自然を感じる、自然の変化に気付くこと
・徐々に人と関わること
・自分の感情に気付く、感情と感性を取り戻すこと
・体を動かすこと
・うつについて書かれた本を読むこと
・慣れていることを徐々に試してみること
・生きていることは当たり前ではない、すごいことなのだと実感すること
・周囲の人に感謝できるようになること
・自分や自分の環境、出来事を俯瞰できるようになること
・客観的に、少し距離を置いて、自分や物事を捉えられるようになること

について、当事者、しかも本来とても理知的な人が的確に執筆している、貴重な本だ。

ただ、当然のことながら、これは一つの事例であって、症状や回復の過程は一人一人違う。おそらく、少しずつ浮き上がってきたら、ある程度主体的に回復への道筋を考えることも大事なのかもしれない。しかし、思考することが難しくなる病気なので、慎重に焦らずに、も必要なのだろうか、と思う。


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