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小学生時代の自分と向き合う。伊坂幸太郎『逆ソクラテス』

小学生が主人公の話を読んで自分の過去を思い出すことになった。


作品について

この本は、小学生が主人公の短編を5つ収録した伊坂幸太郎の作品。一つ一つの短編がライトに読めるので普段本に触れない人にこそお薦めできる

感想

一つ目の短編は、作者のお気に入りであると語っている表題作の「逆ソクラテス」。先入観を持って生徒の評価を決めつけてしまう担任の先生に対して、転校生の安斎がクラスメイトを巻き込んである計画を企てる。

転校生の安斎は小学生ながらに大人びていて、不思議な求心力を感じさせる。巻き込まれるクラスメイトも含めて、小学生だからこその純粋さ、柔軟な発想にハッとさせられた。不安だけどワクワクさせてくれる、そんな作品だった。

『僕はそうは思わない』
この言葉を胸の内に秘めておきたいと思う。

その後の短編も色んなタイプの小学生、場面で全く飽きなかった。感想を少しずつ。

「スロウではない」
小学生がなぜか気にしてしまう足の速さについて。ゴッドファザーごっこする2人に笑ってしまう。

「非オプティマス」
今考えると当たり前だが先生にもプライベートがあって、悩みもあるよな。

「アンスポーツマンライク」
この本の中では珍しく大きな事件性が伴い、ハラハラした。

「逆ワシントン」
特別なものがなくても真面目に愚直に生きる人間が救われるいい話。

考えたこと

小学生で出会う人の重要性

人生経験が少ない小学生は、単純なことでいい方にも悪い方にも転ぶ可能性もあるだろう。基本的には生まれた場所の近くに住んでいるということだけでクラスメイトになり、たまたま配属された先生に教わるのだ。そんなことだけでいじめられるなんてそんな酷いことはないし、逆に環境や何かの拍子で未熟さゆえにいじめに加わってしまう可能性だってある気がする。

そういう意味では、自分の過去を振り返ると小さな学校ではあったがいい先生に巡り会えたし、今に生きる経験も運よくできた。もちろんやってしまった苦い思い出も存在するけど笑

色々含めて、過去の経験が今の自分を作っている、そんなふうに思える素敵な作品でした…!


内容には関係ないけど気づき

作者が意図しているかは不明だが、「昇降口」とは不思議な単語だなと感じた。なんで玄関ではなく昇降口と呼ぶんだろう。こんな時はChatGPTくんに聞いてみる。

学校の「玄関」と「昇降口」が別々に名前がついているのは、使う人や目的が違うからです。
玄関は、来客や先生が使う入口。靴を履き替えずに入れる場所で、学校の「顔」のような役割。
昇降口は、生徒が毎日使う入口。ここで靴を外履きから上履きに履き替えるための場所。

確かに、他の入口と区別するための呼称であるというのには納得だ。それにしても、この単語を見るだけであの頃の登下校の風景が思い出される、そんな力を持っているのは面白い。

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