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世界が鮮やかに照らされる

【世界が鮮やかに照らされる/スポーツの力 〜プロロードレーサー・中根英登を通じて感じる世界〜】

昨年10月12日、TVの向こう側、僕が暮らす愛知県新城市から約13000㎞以上離れたその日のスペイン・バスク地方の山間はとても冷たそうな秋の雨が終始降り続いていた。画面の中ではそんな雨の降りしきることなどお構いなしにという具合に、自転車ロードレース「第97回 プルエバ・ビジャフランカ=オルディシアコ・クラシカ(UCIヨーロッパツアー1.1)」がスタートしいた。ストリーミング中継も含めた全コンディションが著しく不良の中、カラフルで鮮やかな自転車の集団が雨に打たれながらくねくねと曲がりくねった山間の道を凄まじい速度域で登ったり降ったりしていた。

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・Text Image by EF Education-NIPPO official FB page

そんな滲むように鮮明さを失ったような中継画面の中、映ったその姿はほんのわずかだったように思う。プロロードロードレースにおいて「アシスト」と呼ばれるあまり表舞台には出てこない、過酷な仕事を淡々と終え、静かにレースからこぼれ落ちていく選手の様子を - 例えそれがゴールまで辿り着こうとも、途中でDNF(リタイア)となろうとも - カメラが追うことはまずない。配信されるレース中継においてその画面に映し出される映像はあくまでほんのわずかな角度から見た、非常に限定的なレースの風景や瞬間であり、その裏側にある何千、何万という細かなのストーリーが語られることはほとんどない。

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・Text Image by EF Education-NIPPO official FB page

「もしかしたらチャンスはあったのかもしれないな…」

個人的にはそう思わなかったわけではない。しかし現実には画面に映し出されることのない、自らの仕事を終え、レースから脱落していっているであろう彼の、その姿を想像しながら雨が続く過酷なコンディションで行われたそのワンデイレースの顛末を最後まで黙って見届けた。彼…それは地元愛知から着実にステップアップを続け、現在ではヨーロッパを中心に世界を舞台に戦うプロロードレーサー・中根英登選手が2021年の開催を予定している東京五輪・男子ロードレース日本代表の座を失ったことを意味する瞬間だった。

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・Text Image by EF Education-NIPPO official FB page

しかしそのレースは日本代表決定戦ためにわざわざ日本から遥か遠いスペインでセットアップされたレースではない。それはたまたま代表の座を決めるポイント獲得がこのレースの結果によって左右されるということで、乱暴な表現をすれば彼が当時所属するチームにとっては彼のためのレースではなく、シーズン終盤のひとつのレースであり、チーム - 例えば勝利を狙うチームのエース選手や勝利の可能性のあるそれ以外のチームメンバー …もちろんそこにはそこに出場している中根選手ももちろん含まれているのではあるが - の勝利を目指すチームのためのステージであり舞台なのだ。そんなロードレースというスポーツはそのレースに参加する各チームの中からそのレースで勝者(一着)となるたったその一人を生むために、チームはあらゆるものを献身的に捧げ、犠牲にしレースは作られていく。そうした各チームや個人の思惑がうねり、重なり合い、100名を超える集団からなるレースは数時間かけ軽く100㎞を越える距離を数時間で走破し、最終局面からレース終了と同時に称賛される極僅かな勝者のグループを生み出していく。そんな思惑が交錯しながら進むレースの過程の中にそれぞれの所属するチームの出場メンバーとして選手には各々に与えれた役割があり、それが最終的な勝利を狙うエースと呼ばれるポジションであれ、そのエースが勝利するために献身的に尽くすアシストというポジションであれ、各々がその与えらた使命を果たすことがプロフェッショナルの前提ということであり、そうした献身的な自己犠牲によってもたらされる勝利や称賛は個人の物であると同時にチーム全員の存在価値となり、栄光として共有されていくのだ。

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Photo by 2021 Team NIPPO website

そんな雨の過酷なレースを優勝したのは彼のチームメイトだった。中継が映し出すゴールシーン、その後、画面の中、表彰式で満面の笑みを浮かべるレースでたった一人の勝者と入賞し賞賛される数名の選手達と、そこには絶対に映し出されることのない、中根選手をはじめとした各々の役割の中でそのレースを作った多くの犠牲者とも呼べる選手達。そんな天国と地獄を絵に描いた、天国と地獄が同時に共存するような風景をぼんやりと見ていると、失うことと得ることはまさに表裏一体で、薄氷を踏み抜かないように進むようなそんなバランスの上に成り立っているレースというものの美しさ、厳しさ、残忍さを目の当たりにし「なんと酷な世界だろうか」と思わずにはいられなかった。

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・Text Image by EF Education-NIPPO official FB page

さて以前もこのnoteを通じて綴ったが、あくまで僕は中根選手を個人的に応援している自転車ロードレースという世界を愛するいちファンに過ぎない。

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すごい選手がいるんです/プロロードレーサー・中根英登

そして自転車ロードレースを通じ、ここ日本にいながら世界の多様な暮らしや美しさを感じることが好きだ。

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サイクルロードレースの魅力

そんな魅力ある世界、それも世界最高峰の舞台で活躍する自分が応援している選手が日本代表としてオリンピック代表争いを演じ、可能であればその檜舞台を走る姿を見てみたいと思っていたし、その姿を想像していなかったと言えばやはり嘘になる。そんな思いからか今回地元日本で開催されるオリンピックにおける、その出場のチャンスが中根選手から永遠とまではいかなくてもほぼ失われたという事実と、それでも彼は彼にとってチームにおける自分の役割を果たしチームを勝利に導いたというプロフェッショナルとしての誇りのようなものを応援し理解していると思っている僕自身もうまく処理できない中、レース終了から数日後、驚くようなニュースは突如飛び込んできた。

・「中根英登 EFプロサイクリングへ加入」

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・Text Image by EF Education-NIPPO official FB page

プロロードレースの世界において19チームしかない最上位カテゴリー通称「ワールドチーム」と呼ばれる枠に位置する「EFプロサイクリング(現EF Education–Nippo)」が中根選手を獲得し2021年シーズンを走るとうニュースだった。

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・Text Image by EF Education-NIPPO official FB page

僕は早朝にそのニュースを見た時に「まさか!?」と正直自分の目を疑った。そのニュースはある意味でそれほどインパクトがありその喜び以上に「??」または「!!」という驚きから入ってしまうくらいの出来事で、特にこの認知度がまだまだ高くない日本における自転車ロードレースの世界にとって、それが- 例えどんな思惑や経緯があるにせよ - 事実として、どんな意味重たさ持ち、もたらすのかという感覚を説明するのは正直本当に難しい。

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・2019 Japan Cup, photo by Satoru Kato form cyclowired

プレスリリース等の発表によれば、中根選手がEF Education–Nippoのチーム代表に強い印象を与えたのは6位に入賞した2019年のジャパンカップだったそうだ。

「先頭グループで登っている姿を見て彼の存在を認識した。中根は多様な我々選手とスタッフのメンバーにとって素晴らしい加入となり、彼の存在をアピールしてくれるはずだ」

そしてその後SNSを通じ中根選手も以下のようなコメントを発表した。

「素晴らしいチーム、EFプロサイクリングへの移籍が叶い、とても嬉しく思います。4年間プロチームカテゴリーでチャレンジさせてくれたNIPPO DELKO One Provence、NIPPO VINIFANTINI、多くのアジアツアーを経験させてくれたAisan Racing team。これまでに所属したチームでの経験は今の自分に無くてはならない大切な時間で、そして多くの方々に応援・サポートして貰えて今回のトップカテゴリーチームへの移籍に繋がりました。とても感謝しています。ワールドチームでの仕事は簡単では無いですが、自分が出来る事に全力を尽くしてチームメイトの勝利に携われるように頑張ります!」

そんな驚きとともに2020年シーズンは終了し、中根選手は拠点であったフランスから日本に帰国、僅かなオフシーズンを過ごし2021年に向けたトレーニングを地元・愛知で開始した。本人のSNSなどで発信されるそうした地元で黙々と走りこむ様子を確認しながらも、本来であれば年末年始に催されるチーム合宿のキャンセル、2021年の活動拠点となるスペインへの渡欧の遅れなど、勝手に見守る側としても例年のようにはスムーズに運ばないストレスは如何ばかりのものかと想像した。しかしそうした単独でのトレーニングを続けながらこの2月に入り、中根選手はようやくスペインへ渡りチームと合流し現地でトレーニングを開始した。

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・Text Image by EF Education-NIPPO official FB page

そして今週末、明日2月19日(金)からフランス・ニース近郊で開催される3日間にわたるステージレース「ツール・デ・アルプ=マリティーム・エ・ドゥ・ヴァール」(UCIヨーロッパツアー2.1)」にてEF Education–Nippoの参加メンバーとしてリストに名前が記載され、今シーズンの初戦を迎えるようだ。所属するEF Education–Nippoのチームキット(チームウェア)は集団の中にいてもすぐわかる鮮やかなピンクとシックなネイビーブルー。そんな新しいチームジャージに袖を通し、彼は与えられた新しい環境でいったいどんな風にその世界最高峰のステージの中に位置し立居振る舞い、どんなレースになるのだろうか。

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・Text Image by EF Education-NIPPO official FB page

今回のレース全22チーム/154名の世界から集められたトップライダー中にたったひとり、自分たちの応援するローカルヒーローが存在することは、これほどすでに自分の愛してやまないその世界にまつわる風景を、僕の想像を超える形で、どれだけカラフルに、もっと鮮やかに、さらに魅力あるものへと変化させ、レースの開催される南仏から遠く離れたこの日本で、小さな画面の中を見つめ、応援することしかできない僕の心をなんとワクワクさせてくれるのだろうか。

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・Text Image by EF Education-NIPPO official FB page

この誰にでもできることではない、選ばれたものしか参加することのできない世界最高峰の舞台への挑戦と過酷すぎるレースという世界で心身を削りながら戦う姿を通じ、その世界を疑似体験させてくれるワクワク感、そうした楽しみとともに、彼がそのステージにいることで、その挑戦する姿を応援する僕らの暮らす日常の風景をとても鮮やかにしてくれるような、そんなスポーツの力、そして僕らのローカルヒーローが世界を舞台に挑戦する様に胸躍らせないわけにはいかない。僕らひとりひとりが直接そこに立つことはできなくても、中根選手がそうであるように、画面の中で戦うアスリートの姿を通じ、僕らもあたかもその一員として本当に多くの人、事、物を通じ、それぞれが紡ぐ物語の中で想像を超えるような多様で広い世界と繋がりを感じることが出来る。こんな閉塞感の強い時代だからこそ、まるでその世界を鮮やかに照らしてくれるようなそんなスポーツの持つ力、自身が応援するアスリートの挑戦する姿への賛辞とともに、そこある可能性をまだまだ信じたい。そして現在でも世界を覆う未曽有の事態が続く中、ここ日本から遥か彼方、ヨーロッパの地で孤独な闘いをしながら、スポーツ、自転車ロードレースという魅力ある世界で僕らを楽しませてくれるアスリート・中根選手を応援したいと思う。

スペインに旅立つ直前、中根選手と会った時に一緒に写真を撮らなかったことが彼の活躍と旅立ちを見送った時、僕の中の心残りのエピソードだ。がんばれ!中根選手!がんばれ!英登!

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・Photo by JCF

■中根英登プロフィール

愛知県名古屋市出身。1990年5月2日生(30歳)。コンチネンタルチーム時代のNIPPOで2012年にキャリアをスタートさせ、愛三工業レーシング(2014〜16年)を経て2017年にNIPPOヴィーニファンティーニへ移籍し以降ヨーロッパを拠点にプロロードレーサーとしてキャリアを積む。昨年2月にはツール・ド・ランカウイ第6ステージで逃げ切りプロ初勝利を挙げる。

※ここに書いた文章は中根英登選手のいちファンとしての個人思いを綴ったものであり、選手本人はもちろん、所属チーム、周辺関係者とは一切関係がありません。

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