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ショートショート小説 『ごちそうおばけ』

 学校から帰る途中で、おばけに呼ばれた。おばけは電信柱のかげに立って、僕を手招きしていた。どうしておばけだと判ったのかといえば、おばけが自分でおばけだと名乗ったからだ。たしかに顔がぼんやりとして、足も透きとおっていて、おばけっぽかった。


「こんにちは。お腹すいてない?」

 と、前々からの友達みたいに気さくにたずねられたから、

「うん、すいてる」

 と、僕は素直に答えた。育ちざかりの僕は、すぐにお腹がすいてしまう。小学校の給食だけでは、そんなには持たない。

「じゃあ、ごちそうしてあげるから、ついておいでよ」

 はっきりとした表情は判らないけれど、おばけはやさしく笑っているようだった。

「でも」僕はためらった。「しらない人についていったら、いけないんだよ」

 不審者にはじゅうじゅう気をつけるようにと、帰りの会の時に先生が言っていた。

「そりゃあそうだ。もっともだ。しらない人についていくのは、危険なことだ」

 おばけは腕組みをしてうなずいた。

「けれど僕はしらない人じゃなくて、しらないおばけだ。しらないおばけについていってはいけないって、誰か言っていたかい」

 おばけのことまでは、先生は僕らに注意をしなかった。しかししらないという点では同じじゃないかと、僕は思った。

「ううん、でも……」

 その時、僕のお腹が甲高い声で鳴いた。あちこちの家から夕ご飯を準備する良い匂いがする。正直、僕はたまらなくお腹がすいていて、何だって良いから今すぐ食べたくて仕方がなかった。

「そら、ぺこぺこなんだろう。おいでよ。たっぷりごちそうしてあげるから」

 僕はこれ以上は空腹に耐えられず、おばけについていくことにした。おばけはおかしな鼻歌をうたいながら歩いた。しらないおばけだけれど、怖い話に出てくるような悪いおばけではないらしいと、僕は思った。

 おばけの家は、古い木造アパートの一室だった。おばけの他には、誰も住んでいる気配がなかった。緊張しながら中に入ると、部屋の真ん中にテーブルがあって、レストランみたいに白い布が掛けられていた。コスモスの咲く花瓶も置かれている。壁には折り紙で作られた輪飾りがあって、何だか誕生日会のようだった。

「座って座って」

 おばけはうきうきとして僕を座布団に座らせた。

「誰かにごちそうするのって、本当に楽しいんだ」

 そう言って、おばけは狭い台所で料理をはじめた。室内にはテレビも遊び道具もなく、僕は学校から借りた本を読んで待つことにした。手ぎわ良く包丁で刻む音がして、香ばしい匂いが漂ってくる。僕のお腹がまたもや鳴った。

「さあ、お待たせ」

 おばけが皿を運んでくる。ソーセージがごろごろと入った、真っ赤なナポリタンスパゲティだった。

「わあ」

 僕は思わず歓声を上げた。実はそんなに期待をしていなかったのだ。

「これ、本当に食べてもいいの?」

「もちろんだよ。君のために作ったんだからね。さあ、召し上がれ」

 僕はいそいそとフォークを取ると、スパゲティをひとくち食べた。

「おいしい!」

 おとといの給食で出たミートソーススパゲティなんて、全然かなわないくらいだった。あまりのおいしさに、僕は夢中になってスパゲティを食べた。おばけは向かいの席に座って、僕を嬉しそうに眺めるだけだった。

「君は食べないの?」

「うん、おばけだからね」

 そうか、と、僕は納得する。こんなにもおいしいのに、自分では食べられないなんて、ちょっとかわいそうだった。

「遠慮せずに、どんどん食べておくれよ」

 僕はすすめられるままお代わりをし、デザートにアイスクリームまで平らげた。

「どうもありがとう」

 帰りぎわに、僕は頭を下げてお礼を述べた。

「お腹いっぱいになった?」

「うん」

 僕ははちきれんばかりになったお腹をさすった。

「お腹いっぱいになったし、とってもおいしかったよ」

「それは良かった。またごちそうしてあげるよ」

 次の日も、おばけは僕を家に招いて、手料理をふるまってくれた。その次の日も、そのまた次の日も、おばけのごちそうは続いた。

「どうしてこんな風にごちそうしてくれるの。おばけって、みんなそうなの」

 僕の質問に、おばけは笑って答えた。

「いいや、僕がごちそうするのが好きなだけさ」

「変わったおばけなんだね」

「そうかもしれない。僕はね、世界中の子どもを、お腹いっぱいにしたいんだ」

 本当におばけはごちそうするのが大好きだった。訪れるたびに違う料理を作ってくれた。そのどれもが、あたたかくて、おいしくて、存分に僕を満たしてくれた。来る日も、来る日も、僕はおばけのごちそうを受けた……

 こんな話をしても、きっと誰も信じてはくれないだろう。おばけの料理を食べて成長した少年の話なんてさ。だけど僕がこうして大人になれたのは、真実おばけのおかげだ。あのやさしいおばけがいなかったら、僕は一人きりのアパートの一室で、長い夜のあいだ空腹を抱えてうずくまっていることしか出来なかった。母は育ちざかりの息子の食事など、てんでかまいはしなかった。僕は一体誰に助けを求めて良いのか、判らなかった。

 あのおばけのことは、ずっと自分だけの秘密にしていた。けれども最近出会った男の子が、僕と同じようにおばけにごちそうしてもらっていたのだと、こっそり教えてくれた。

「おかしな鼻歌をうたうおばけだろう」

「うん。変な鼻歌をうたうおばけだよ」

 その男の子はやさしそうな親戚の家に引き取られていった。これからはそこであたたかな食卓を囲むことだろう。

 僕はおばけが一番はじめに作ってくれたナポリタンスパゲティの味を、いつまでも鮮明におぼえている。この世界にこれほどおいしい食べものがあるのかと、びっくりするくらい感動したんだ。今でも彼がお腹をすかせた子どもに嬉しそうにごちそうしているのかと思うと、どうしようもなく泣きそうになるんだよ。


《 終 》

(2019年作)

*素敵なイラスト作品をお借りしました。どうもありがとうございました!

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