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掌編小説 『玉どめ』

 どうしても玉どめができない。

 縫い終わりに糸を結んで留める、あの玉どめだ。どれだけ先生に教わっても、どれだけ練習しても、できない。他のみんなのように、綺麗な玉が作れない。

 不器用なたち・・なのだ。しかしお針子仕事をしなければ、家族を食べさせてはいけない。学の無い娘が一人前に働くには、他に仕事が無いのだから。

 だから懸命に、お針子仕事をおぼえた。睡眠時間を削り、他のみんなの何倍も練習して、ようやく人並みに縫えるようになった。今では縫い目がこまやかで美しいと褒められるほどだ。なのにいつまでも玉どめだけが、できない。

「このままではあなたを合格させられません」

 先生は眉を硬くして言った。「働くことも難しいでしょう」

 そんな、と、私は言葉に詰まる。それでは何の為にこの半年間、必死に学んできたというのだろう。学費だって、かかっているのだ。時間もお金も、無駄にする余裕など、私には一切無いのに。

「考えてもみなさい。玉どめができないということは、仕事を完了させられないということ。スカートの裾はほどけ、ポケットから物はこぼれ落ちる。いくらあなたの縫い目がお手本のように端正であっても、それではいけません」

 ええ、判ります、と、私は頷いた。先生のおっしゃることはもっともだ。

「けれどどうしても、私はお針子にならなければいけないんです。一日でも早く、仕事を得なければ」

 家にはまだ幼い弟妹たちがいる。体の弱い祖父母もいる。母一人の稼ぎでは、とうてい家計を支えられない。

「あなたの気持ちは痛いくらいよく判ります。だけでも仕事を完了させられない者に、仕事は任せられないのよ。いい加減な人だと見なされてしまう。仕事は完了させてはじめて他人の役に立つのです。でも本当に、どうしてなのでしょうね。あなたは誰よりも生真面目で、ひたむきに物事に取り組める。苦手なことも、粘り強い努力で克服してきた。決していい加減な人間ではありません。それなのにどうして、玉どめだけができないのでしょう。どうしてそこだけ、手落ちなのでしょう」

 先生は私の肩に手を置き、慰めるようにおっしゃった。磨き上げた技術を頼りに、たったお一人で長年生きてきた人だった。

 私はひとつのことに思い至った。私はある恋をひきずっていた。彼が大地主のお嬢さんと結婚した今でも、関係は続いていた。

 彼からすれば何も知らないおぼこ娘をからかっただけ、恋と呼べるものではないのかもしれない。けれども私にとっては、雑然としてやるせない生活のにおいからわずかにでも離れられる、救いのひとときだった。

 本当は、判っていた。この恋はほんのいっときの夢なのだと。判っていて、夢を見続けた。ひきずった。完了させたくなかった。そんなことは断じて不可能なのに、愚かにも。

 恋に決着をつけたら、自然と玉どめができるようになった。それまで難しいと思っていたのが、ごく当たり前のように。

 私は無事に先生から合格を貰い、推薦を受けてお針子の仕事に就いた。

 それから数十年が経ち、今でも私はお針子仕事を続けている。自分の腕ひとつで、自分一人を養って。

 手縫いからミシンへと変化したけれど、私の仕事は誰よりも丁寧で信頼できると評判だ。

 そして、今は玉どめはできても、玉むすびができない。


【 終 わ り 】

*ギャラリーより素敵な作品をお借りしました。どうもありがとうございます*

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