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2023年7月の記事一覧

北枕と葉桜③  |  創作

北枕と葉桜③ | 創作

『結婚式を挙げました』

写真数枚を添えてそう送ったメールに、おめでとうございますと父から返信があったのは、今から10日ほど前のことだった。

私と父は、会わないながらも誰にも内緒でずっとメールでやりとりを続けていた。
大学入学や就職など、ライフイベントの報告がメインだったけれど、話ができることがただ嬉しかった。会えなくても、短い返事に愛情を感じて幸せだった。

親族と友人数人を招く結婚式に、父を

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北枕と葉桜②  |  創作

北枕と葉桜② | 創作

畳に目を落とす。
しばらくして納棺師が訪れたが、私はずっとそのままやり過ごした。

若草色だったそれはところどころ茶色に色あせており、シミが顔のようなかたちになっている。納棺が終わり、視線を上げると棺の白が視界に飛び込んできた。棺の窓が閉まっていることにほっとする。そんな自分にため息が出た。

少しして、ちらほらと弔問客が来た。叔母の顔もろくに覚えていなかった私には、客の名前を聞こうが顔を見ようが

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北枕と葉桜①  |  創作

北枕と葉桜① | 創作

大好きな父だった。

いつも優しくて、怒った顔なんて見たことがなかった。気まぐれに繊細な絵を書き、車の運転が好きで、周囲を助けてばかりの人だった。家にはあまり帰ってこなかったけれど、だからこそ一緒になにかできる時間が貴重だった。

父はいつも楽観的でお調子者で、争いを好まなかった。友人の父親たちのような力強さはまったくなく線が細くて、たおやかな桜のようだった。神経質で臆病者の私は、そんな父の口癖で

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先輩の婚活  |  創作

先輩の婚活 | 創作

「実をいうと、そんなに焦ってはいないんだ」
先輩はそう言って笑った。
就業時刻をとうに過ぎているオフィスで、このフロアには私と先輩以外に人気はない。

「え、でも、結婚相談所に入会したんですよね。結婚したいってことじゃないんですか?」
私の質問に、先輩は頭をかく。
少し目が泳いだように見えたのは、気のせいだろうか。

「身元がきちんとしている人の方が安心できるから。でも、どうしてもいますぐに結婚し

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