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海の君へ | 小説(「浦島太郎」翻案)
「捨てておいたわよ」
本棚の前で呆然とする私に、母はいつものように明るく言った。
「ダメよ、あんな本読んでたら頭がおかしくなるでしょう。あなたにはもっと善いものを読んで欲しいの」
視界が狭くなる。私は黙って椅子に座った。なにかを言おうとして口を開き、でも言葉はなにも出てこなかった。いのちなき砂のかなしさよ。いつものように、心で唱える。続きはなんだっけ。
「川柳ですっけ。俳句? まあなん
母の手をはなれて | 小説『想いを結わう』収録
お手本のような秋晴れだった。
私は手を借りてタクシーからゆっくりと降りる。雲ひとつない空のもとで、ひやりとした風が頬をかすめた。赤く染まり始めた葉が日の光にあたってきらきらと光っている。
朝九時とはいえ、浅草はもう観光客で賑わっている。何人かが私たちに気づいて、遠くから写真を撮っているのが見えた。
「ゆっくりで大丈夫ですからね」
付き添いの女性に声をかけられ、はい、と返事をしてそろそ