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親より先生が心の支えだった話 ・ 元不登校児が不登校児&親御さんに伝えたいこと

SNSが普及している今、不登校について情報を集めていると、経験者の助言や専門家の意見を知れる反面、どうしても、不登校児のお母さん・お父さんの本音や、マイナスな意見が目に入ってしまう。

実際、私も母のTwitterを見て「こんな風に思っていたんだ」と思ったことだってあったし、「それなのに表(少なくとも私たち子どもの前)ではその気持ちを見せないですごいな」と思うこともあった。

母や、全国の不登校児のご両親の本音を見て、理解、というか、決して間違っていることは言っていなくて、むしろ子どものために悩んでいるからこそのその気持ち・想いだということがわかるようになったのは、親元から離れた生活を始めて、自分のこれまでを客観的に見れるようになった、つい最近のこと。

不登校にもさまざまなタイプがあるし、人間は誰一人として同じではない(最近読んだ教科書の文を使うと『脳が違う』)から、一概には言えないのだが、

たとえその子が怠けていたり、努力していないように見えても、

見えないところでたくさん苦しんで、考えて、その子なりに少しでも変わろうと頑張っている

ということを、全国の不登校児のお母さん・お父さんに声を大にして伝えたい。

なにを根拠にそんなことを言うのか?

もちろん私の経験論だ。




私の場合は、とにかく焦っていた。追いつけなくなっていく勉強、募る将来への不安、失っていく信用、もうとにかくすべてに焦っていた。


毎日、8時に家を出て学校に行く。部活をして6時過ぎに帰ってくる。

たったこれだけ。文章にすればたったこれだけのことができなくなって、もうどんな風に家を出ていたかさえも忘れてしまった。

自分なりに不登校について、今の自分の現状について考えて調べてまとめた言葉を、お昼休憩に帰ってくる母に泣きながら話すと、決まった答えが返ってくる。

「ネットの情報が全部正しいの?病院に行ってちゃんとした診断をしてもらわないとでしょ」

少なくとも、この時の私にはネットの情報しか頼るものがなかった。自分でもこの状況をちょっとでも改善しようとしていたのに、それを全否定されて憎悪の念でいっぱいだった。

当時の母は、今まで学校大好きっ子だった私が学校を休みだして、ずっと家にいるようになって、しかもその原因がわからないと言うもんだから、余計に意味が分からなかったのだろう。

毎日毎日、頭が痛いなら病院に行って検査を受けよう、と呪文のように私に言って聞かせた。私は検査なんてしても異常は見つからないと思っていたので、頑なに病院に行かなかった。母からすれば、病院に行って検査を受けて、何か病名がついたり薬がもらえたりすれば、私が学校に行けるようになる、と思っていたのだろう。

口を開けば私の精神をズタボロにしてくる両親と極力会話をしないよう、避けて生活するようになり、私の生活習慣はまあ酷いものになった。


9時ぐらいから学校に行く準備を始める。

いつの間にかお昼になっていて、母が帰ってくる。一緒にお昼ご飯を食べて、午後は母と一緒に外に出る。

いつからか、学校への300mの道のりを、母が付き添ってくれた時期があった。学校の門の前までは行けるのだが、門を開けてもらうためのインターホンが押せない。そもそも門に近づけない。校庭で体育をしているクラスがあれば尚更、学校の敷地に入ることができない。

あんなに辛かったのに、この頃の記憶がすっぽりと抜け落ちていて、最近になってぼんやりと思い出して来た。


学校を休むことが増えた、中2の12月頃。

母と夜6時ごろに学校に行き、三者面談をした。私が、母もいると先生の前でうまく話せないことを、先生は知っていたのだろう。母を部屋から出して、私と2人で話す時間を取ってくれた。反対に、私も部屋から出て、母と先生が一対一で話す機会も用意してくれた。

そもそも学校に行けなくなったこと自体が初めてだったので、他の先生もこのような対応を取ってくれるのかもしれないが、私はこのときすごく嬉しかったし、安心した。

泣きながら先生と話して、ひとまず休憩することになった。3学期から無理して学校に来ようとしなくていいよ、一回休もう、って。これまでは、行かなきゃと思っても行けない、だから返って苦しくなる、じゃあ一度行かなきゃと思うのを辞めようと。

先生の口からそんな言葉が出てきたことに驚き、これまで、先生に対してなんとなく話しにくいなと一方的に思っていたが、それは間違いだったということが分かった日でもあった。

その日に大量の教科書を持って帰って、次の日からは家でリモート授業を受けたり(便利な時代だね)、ときどき気が向いたら学校に来て授業を受けたりして過ごした。

学校を本格的に休み始めると、無理して学校に行く準備をするのは逆効果だという結論に自分の中でも行きつき、今までは多少なりとも行く素振りを見せていたが、堂々と休むようになった。

これが癇に障ったのか、せめて朝は起きろと(今思えばその通りなのだが)布団をはがして、ひどいときにはマットレスまで引っ張り出して朝起こしたり、勉強している部屋のドアを突然開けて「なんで起きてるのに行かないんだよ」とブツブツ言ってきたりと、逆にストレスが溜まるような出来事が増えた。


学校に行けた日には、ほぼ毎回、先生の貴重な空きコマでおしゃべりをする。私の悩みや不安なことが、私はうまく話せなかったけど、先生は「〇〇が不安なんじゃない?」と不思議とわかってくれていて、この先生すごいな、と何回も思った。

私が先生に話したことを先生が母に伝えてくれて、母が先生に話したことは「お母さんはこう言いたいんだと思うんだけどなー」と先生から私に伝わった。先生は私と母の橋渡し役になってくれて、次第に母と普通に話せるようになっていった。


私は完全に学校に行かなかった(行けなかった)のではなくて、週に何回か、放課後や先生の空きコマの時間に登校して話を聞いてもらったり、給食まで授業を受けて帰ったり、逆に昼休みから行ったり、別室で勉強したりと、かなり自由にさせてもらった。

放課後に登校したときに家庭科の先生が海豚か鯨を食べさせてくれたり、木工室で棚を作ったり、レゴを組み立てて分解したり、なかなかに意味が分からないことをたくさんした。

合唱コンや球技大会といった行事も、強制なんかしなくて、来れたらおいでスタンスだった。

学校に行かないことで、勉強や将来への漠然とした不安は常にあったけど、気楽に部屋から出られるようになったり、学校に行く気持ちが軽くなったり、学校が楽しみになることが増えたりと、いろんなことがいい方向に向かっていった。


中3の4月。新しいクラスにいつもの先生の新体制が始まって、1か月は通うことが出来た。

2年生の頃に先生に「誰とクラス一緒だと安心する?」と聞かれたことがあって、新クラスにはそこで名前をあげた友達がほとんどいて、とても嬉しかったけど流石に驚いた。

4クラスあって、132人ぐらいいるのに、前のクラスから一緒の子は13人もいた。

1か月通ってまた行けなくなり、昼休みから来て部活に行って帰るという生活が続いた。

嫌なことを行ってくる人はいなくて、友達はベランダから「早く来てー」と声をかけてくれたり、お昼ご飯を当てるクイズをしたりと、普通に接してくれた。これがかなり嬉しかった。


中3の3学期にもなると、もうすぐ終わってしまう中学校生活に”終わってほしくない”という感情を抱くようになった。ほとんど毎日登校できるようになって、卒業式の練習や続々と進路が決まっていく同級生たちを見ると、なんだか不思議な感覚に包まれた。

あんなに嫌だったこの場所が、今では”終わってほしくない”と思うほど居心地のいい場所になった。


ここで振り返ってみると、私の不登校が改善に、いや少なくともいい方向に向かったのは、紛れもなく、先生が担任だったからだ。自分で自分のことを変と言う、私の気持ちが分かる経験をしている先生。

3年生のクラス替えの時は、「担任が先生じゃなかったらどうしよう」と不安でとても眠れなかったし、始業式で先生が担任だと分かったときには安堵して涙が流れた。

それほど先生にはお世話になったし、言葉では表しきれないほど感謝している。先生のおかげで私の人生が変わったと言っても過言ではない。だから私は、先生のように生徒一人ひとりに寄り添って最後まで見守る教員になりたい。


と、なんだか偉そうにつらつらと文字を並べてきたわけだが、私が言いたいのは、

学校に通うということが
必ずしも正解というわけではない。

でも学校に行かないことが
正解かといったらそうではない。

学校に通うことでしか得られないものがある。

逆に学校から離れることで得られるものもある。

「不登校」は、周りがいくら理解しようと
しても完璧に理解できるわけではない。

でもその気持ちは嬉しい。

不登校だから進学できない、というのは間違い。

自分次第で未来はいくらでも変えられるし、不登校という経験を活かしてできることがあるかもしれない。

未来は変えられるけど、過去は変えられない。

自分がこの先どうしていくかで、過去が有益なものになるか、無益なものになるかが決まる。

これが、不登校を経験した私が言いたいこと。

今の私には、教員になりたいという夢があって、自分の不登校の経験はそこで活かせると思ってる。


本人も辛いし、親も辛いし、「もうやめたい」「どうしたらいいか分からない」「正解は何?」なんて何回も思うのが不登校だけど、いつか必ず「いい経験したな」って広い目で見れる日が来る。

だからどうか、未来を良くするための不登校をしてほしい。

朝起きたり、制服に着替えてみたり、先生と話しに行ってみたり、1時間だけ授業を受けてみたり。

計り知れないほどの勇気を出して踏み出した1歩
に、文句を言う人なんて絶対いないから、毎日少しずつ、前に進んでほしい。


長くなってしまいましたが、以上が、不登校を経験した私が、不登校の子、その親御さんに伝えたいことです☺️


私は中2の2学期〜中3の2月頃まで不登校で、

広島県のド田舎高校に進学し、

現在は通信制高校に転校して家でまったり過ごしています。

不登校だった当時は、将来に対する漠然とした不安が付き纏って消えなかったけど、今も消えないけど、まぁなんとかやってます🙋‍♀️

だから大丈夫だよ☺️
人生意外となんとかなるからね🥹🥹
インスタ、Twitterでいつでも相談乗ります🍀*゜


もし、ずっと家にいて、スマホやゲームなどから離れた生活 “デジタルデトックス” したいなーって方がいたら、編み物・折り紙オススメです✨

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