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自作小説集

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長いものからショート作品まで、いろいろ書いてみます。怖い話って書いてても怖いよね。
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2025年2月の記事一覧

【短編】白鳥

男は煙草を吸いながら、窓の外に視線をやった。だが、男の目には何も映っていない。そこに映し出されているのは、過去の彼だった。かつて愛した人だった。思い出の日々だけが彼を支えていた。 男は、死ぬつもりでここに来た。この山小屋は、男がかつて愛した人と共に暮らした場所。そして、男の終の場所になる。 そんな彼の目は、白い塊を見つけた。男は外に出て、それに駆け寄る。それは白鳥であった。右の翼に大きな傷を負っていた。白い羽が真っ赤に染まっていた。 こいつも、もうすぐ死ぬのか。 そう思っ

書庫冷凍【毎週ショートショートnote】

1000年に一度の大寒波で、大学の書庫が凍ったらしい。 人的被害が出るほどでもなかったのに、どうして凍ったのか。大学は総力を挙げて調べることを宣言した。 「どう思うよ?」 学食でカレーを食べながら、森田に尋ねた。 「…どうなんだろうな」 そう言って視線を逸らす。おかしい。 「…俺は超常現象とか、UMAのせいだと思ってんだけどさ。森田は、どう思う?」 「…宇宙人だと思うよ、多分」 森田の額には、うっすらと汗が浮かんでいる。やっぱりおかしい。 「森田…何か知ってる

【SS】目が覚めたら

焼きそばパンの雪崩に飲み込まれた。 事の経緯を話そう。何もそんな大層な話じゃない。 僕は焼きそばパンを積み上げていた。うちのスーパーは特売品を山のように積むスタイルが有名で、ローカルテレビでも放送されたことがあるくらいだ。 最後のひとつを積み上げた瞬間、僕は脚立から滑り落ちた。僕の尻餅の衝撃で、焼きそばパンの山が崩れたのだ。 ハワイで焼きそばパンが流行したらしい。フラダンスの中に焼きそばパンを表す振り付けが導入されることになったという。 流行はアメリカ本土にまで拡大し、ア

【短編】定食屋の片隅にて

「『障害のある子供を置き去り』ねえ…」 君はニュース画面を見ながら呟いた。昼過ぎの定食屋は人影もまばらで、君の呟きは未だに中空を彷徨っている。 「…ひどいと思う?」 君は僕の問いに「わかんね」と答えた後、窓の外を見た。 「命って、平等なのかな」 「…どうなんだろう」 僕もつられて窓の外を見る。行き交う人たちは早足で、誰もこちらを見ることはない。 「俺さ、置き去りにしたことあるんだ」 え、と訊き返した僕を見ず、君は続ける。 「13年前、震災のとき。俺は、近所の元さんを置き去り

【SS】コーヒー

コーヒーは冥界に繋がっている、と藤吉さんは言った。 カフェのテラス席を、低い冬の太陽が照らしている。藤吉さんの短い髪が冷たい風にひらひらと揺れていた。彼女は一口コーヒーを飲んでから少し寂しそうに続きを話した。 私の大切な人は、一緒にコーヒーを飲んだ日の夜に死んだ。 偶然だと思う?私はそうは思わないよ。 コーヒーは冥界に繋がっているの。私の大切な人を連れ去ってしまう。 僕がカップを持ち上げると、藤吉さんは「やめて」と小さく叫んだ。 「大切だと思ってくれてるんですね」

【SS】木漏れ日

アパートの窓から、朝陽が差し込んでいる。まだ緑色の楓の葉が柔らかくした陽射しは、それでも充分に残酷だった。 痛みに耐えながら身体を起こす。ため息をついてから、小さく背伸びをした。天井を見上げ、ぼんやりと考えた。 どうすれば良かったのだろうか。 その答えはきっとわからないまま、僕は死んでいくのだろう。 この間初めて吸った煙草の残りを、また吸ってみることにした。30を過ぎてから急に吸いたくなるとは思ってもいなかった。 別に好きなわけではない。煙草のことも、あの人のことも。 それ