『今このとき、すばらしいこのとき』
過去のnoteでも何度か引用しているティク・ナット・ハンの著書『今このとき、すばらしいこのとき』をご紹介します。
昨年読んだ本の中で1番といっても過言ではないくらい大好きな本ので、興味のある方はぜひ記事に目を通してみてください。
ティク・ナット・ハン著『今このとき、すばらしいこのとき』とは
『今このとき、すばらしいこのとき』は、
日常生活の中で唱えられるガーター(偈頌)を、全部で79個掲載している本です。
それぞれのガーターには簡単な解説も載っているので、仏教について勉強することもできます。
ガーターを唱える3つのメリット
『今このとき、すばらしいこのとき』を読み、
日常生活の中でガーターを唱えて感じたメリットを3つご紹介します。
①日常生活の中で気づきを保てる
ガーターを唱えると、日常生活の中で気づきを保ちやすくなります。
たとえば部屋の明かりをつけるとき。
というガーターを唱えることで、
指でスイッチを押す感覚に気づきながら、
明かりをつけることができます。
ガーターが、心の奥底で眠っていた気づきを呼び起こしてくれるのです。
瞑想で気づきを育てることも大切ですが、
日常生活の中で、自分の体や感覚、心、法(あらゆる現象)に気づくこともとても大切です。
実際に別の本にも、日常生活の中で気づくことの重要性が書かれていました。
僕自身は、ガーターを唱えるようになってから、特に体の動きや感覚に気づける時間が増えたように感じます。
体の動きに注意を向けながらベットを整えたり、水が流れる感覚に気づきながら手を洗ったり、腕の動きに注意を向けながら掃除したり…
これからはもっともっと、微細な心の動きにも気づけるように精進したいです。
②日常生活の中で慈悲喜捨を育てられる
ガーターを唱えると、日常生活の中で慈悲喜捨を育てられます。
慈悲喜捨を簡単に説明すると、
「慈」は幸せを願う心、
「悲」は苦しみを取り除きたいと思う心、
「喜」は幸せをともに喜ぶ心、
「捨」は生命を平等に見る心
のことです。
仏教では、この慈悲喜捨を育てることをとても大切にしています。
服を着るときに、
というガーターを唱えることで、
世界中の人たちに対する「悲」を育てることができます。
僕は元々、毎日慈悲の瞑想を実践したり、
人と接するときに幸せを願ったりして、
慈悲喜捨を育てていました。
しかし『今このとき、すばらしいこのとき』を読んでからは、食事をするとき、洗濯物を干すとき、歯を磨くとき、コンタクトを入れるとき、手を洗うときなどなど、日常生活の何気ないひとときでも、慈悲喜捨を育てる努力ができるようになりました。
③日常生活の中で真理を見つめられる
ガーターを唱えると、日常生活の中で、
無常・苦・無我などの真理を見つめることができます。
たとえばゴミを捨てるとき、
というガーターを唱えることで、
無常の真理を見つめることができます。
瞑想で気づきを育て、無常・苦・無我の真理を「体験する」ことも大切ですが、
真理を見つめるだけでも、人生の苦しみを和らげる効果がある気がしています。
無常の真理をしっかり見つめていれば、
年を取って目や耳の機能が衰えたり、
体の自由が利かなくなったりしたときに、
大きな苦しみを感じなくてすむでしょう。
僕はまだまだ瞑想で真理を「体験する」ことはできていないので、日常生活の中で真理を見つめられるように精進したいです。
ティク・ナット・ハン著『今このとき、すばらしいこのとき』を読んで
昨年の3月頃に本書を読んだとき、
ガーターを唱え忘れないように、
ほぼすべてのガーターを小さな紙に書き出し、
部屋中にぺたぺた貼っていました。
お風呂で唱えるガーターはお風呂場に、
着替えるときに唱えるガーターはタンスに、
歯を磨くときに唱えるガーターは洗面台にといった感じです。
おかげで着実にガーターを唱えられるようになり、日常生活の一瞬一瞬が仏道修行の場に変わりました。日常生活の中で気づきを保ち、慈悲喜捨を育て、真理を見つめる努力ができるようになりました。
その影響もあってか、少しずつ少しずつ、
心の性質が善い方向に変わり、苦しみを感じることが減ってきた気がします。
とはいえ、まだまだガーターを唱え忘れたり、
気づきを保てなかったりすることはたくさんあるので、できる限りガーターを唱えられるように精進したいです。寝てるとき以外は気づきを保てるように精進したいです。
『今このとき、すばらしいこのとき』は、
日常生活での仏道修行を後押ししてくれるので、興味のある方はぜひご一読ください。