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【短編】トイレと45歳の不倫女

【自分を受け入れる】ことに難しさを感じている方、
どうぞお入りください。

 *……*……*……*……*
 
 不倫彼と何度となく離婚のことで喧嘩をして、連絡も途絶えてしまった。離婚してこない彼を思いながら「自分磨き」にも疲れをみせる45歳のバツイチ女。子供も自立し、今更、自分時間を膨大に与えられ路頭に迷い込んでしまった。

 化粧もせずブラもつけずジャージのままの日曜の昼下がり。昨日買ったパンを頬張り、食べ過ぎた自分に落ち込む。今頃、彼は家族と一緒だろう。今の自分がみじめ過ぎて死にたくなる。

 玄関のベルがなった。どうせNHKか出張買取営業くらいなもんだろうと思いながらも、居留守を決め込むのも罪悪感があり、生返事で応答する。

 どこにでもいるサラリーマンのおっさんが汗だくでカメラに映っていた。
 
 「トイレ貸してくれませんか」

 強姦の類い?にしては、気弱な風貌。コンビニも乱立してるのに、わざわざマンション狙ってトイレを借りにくる?考え込んで黙っていると、

 「詐欺でもないし、強姦なんてこともしません!コンビニがあるのもわかってるんですが、それでもここで用を足すことに意味があるんです。どうか、開けてくれませんか?」

 顔も合わせたことのないおじさんに(といっても同じ年くらいだろうが…)心を読まれているかのようなことを言われてしまった。でも、訳のわからないことに答えを欲しがっている自分がいた。みじめさを感じていた自分が一瞬で、今の状況に取り込まれていく。

 「この状況で、そんなこと言われても。どう考えてもおかしいでしょう。うちで用をたす意味ってなんなんですか?」

「ここに運を運んできたんです。早くしないと、運が逃げますよ」

 うん◯を落とすの間違いでは?退屈な日常の繰り返しに、突然やってきた非日常。もしかしたら、こんな些細なことが大きなチャンスなのかもしれない!無理矢理、意味もないポジティブ変換をしてはみたものの、訳が分からない状況に恐怖が先に襲ってきた。この男の訳も分からない恐怖より、誰にも頼れない虚しさの方が怖い。どっちにしても怖いなら、想像できない方を受け入れてみるのも悪くないか。誰にも頼れない虚しさの恐怖が勝り、私はブラだけ付けてドアを開けた。
 
 「はあ、スッキリした!危うく意味もないところに運をぶちまけるとこでしたよ。良かった間に合って。さてさて、こんなわけのわからないお願いをよく聞きましたね。たいていは怪しいと思って門前払いなもんですよ。ここで開けたってことは、今が満たされてないのか相当のお人好しか…。多分、あなたは前者でしょうね」

 「お礼の言葉もなしに、私を寂しい女呼ばわりですか?」

 気分が悪い。門前払いしとけば良かったと自分に怒りが込み上げる。

 「満たされていないに、過剰反応(笑)自分で認めてるじゃないですか。大丈夫。僕はあなたを襲いもしないし。変なもん売りつけるつもりもない」

 そんなことを言われても、全然信用できない。どうしてトイレを貸してしまったんだろう?新手のユーチューバー?リアルタイムで45歳の女のノーメイクが流れていたりして……。監禁されてみぐるみはがされるかもしれない。少し前の浅はかな自分の考えに怒りがこみ上げる。
 
 「わざわざ私にトイレを貸して欲しいと言う意味を教えてください!知らないおじさんを部屋に入れただけでも気持ち悪いのに」
 
「常識的に考えて、その通りだと思います(笑)起こりもしない妄想で、不安と恐怖を感じている。そして、自分を守るために、怒りで身をまもっている」
 
「分析チックに良い事言っている風だけど、何言っているのですか?普通の反応だと思いますけど!」
 
「普通って何でしょうか?突っぱねることだってできたはずだし、田舎のおばあちゃんみたいに、ちょっとお茶でも飲んでいったら。と受け入れることだってできる。あなたはそのどちらでもなく、招き入れておいて不安を感じて、怒りを向ける。あなたは自分で決断した選択を人任せにして、責任逃れをしていませんか?普通って何なんでしょうか?その他大勢なら安心ですか?」

「あなたは、運を掴めるかもしれないと考えて怖いと思うことに飛び込んだ。飛び込んだからには“良い”結果が欲しい。自分の決断に間違いがないと言う理由があれば安心できる。でも、行動の先に何もなくたっていいし、思った答えじゃなくてもいいんですよ」

「なんか、話をそらされている気がしますが。まあ、いいです。結果は、行動の答えじゃないの?この歳になって、やりたいことも見失ってやる気も起きない。続かない。どうにかしたくても、どうにもできないことがある。私には生きる意味がわからない。どうでもいいからトイレを貸した。それだけです」

「生きる意味?使命があれば楽ですよね。そこに向かえばいいんだから。そこにだけ走れる人って恵まれてますよね。自分の生きる証が輝いて見える。それを見て、自分なんてって思う。そうやって、自分なんてって思う自分で生きてるんでしょう?ちゃんと結果がでているんじゃないんですか?自分が思った答えじゃない、良い結果じゃないからと何かないかと探しまわっても使命なんてみつかるわけもない。結果を認めていないんだから」

「自分なんてって思いたくないから、もがいているのに!」
 
「ほらね。それが、結果を認めていない証拠ですよ。自分なんてって思っているのは自分だけなのにね。今は何もしたくないんでしょう?どうしてそれを否定するんですか?」
「不倫だからとか、おばさんだからとかは関係ないんです。自分なんてって思う結果を受け入れましょうよ」

「受け入れたら、死にたくなる……」

「あー……。なるほどね。それがあなたのブロックですね。
やっと見えました。
“受け入れたら死にたくなる”んじゃない。
“死ぬほど受け入れられない”んです。
気が付きましたか?あなたはずっと自分を否定することで生きてこれた。45年も!ちゃんと生きてこれたんです!でも、ここまでです。気が付いたら気が付く前には戻れない。受け入れたら、新しい自分で生きていけますよ。私は、運を運ぶ仕事をしていると言いましたよね。私はある人の声を聞いてここに遣われてきました。これからどうするのかは、あなたの手の中です」

「では、ご利用ありがとうございました」

 ガチャ

 おじさんは、ただトイレだけ借りて出て行った。
「ある人の声って誰?ご利用って……私が利用させてあげたんじゃないの?」

 とりあえず、私はトイレ掃除をすることにした。
 45年中の、一日の中のほんの一時間の非日常。一瞬で状況が一変するわけではないけれど、心の中は一瞬で変わった気がする。あなたの手の中と言われても、今は生きるだけでいいか。45年も生きてこれたんだから。

 *……*……*……*……*

 《《 あとがき 》》

 もがくから苦しいんですよね。
ただ浮いていたら楽なのに。

今やりたいことは何でしょうか?
力を抜いて、テレビを見て美味しいものを食べて、できるだけ何もしない。
お休みすることが、今のやりたいことなのでは?

 「自分を受け入れたらこんなに変わりました!」ってよく聞くあれ。
 すでに、到達した人の言葉を聞いて疲れてしまっていませんか?

 私は、何かしなきゃいけない感がずっとありました。自分ではない何かになれたら、心が充実してパートナーもできて、幸せになれるって。

 それなのに、何をしていいのかわからない。続かない。仕事で疲れた。そんな言い訳してる自分がみじめに思えてしかたなかった。

 自分を受け入れたつもりになっても、満たされない現実がある。
 それが繰り返されるたびに、虚無感が大きくなっていきました。

 でもね。
 自分のことで悩める時間があるから、悩んで暇をつぶしているって思ったんです。
 
 これまで自分のことを振り返る余裕もなく、誰かのために走り続けてきたから、今はご褒美タイムだと思うことにしました。

 到達した人の言葉を聞いて疲れるというのは、そういうこと。
 休める時に休まないとね。また、走るために。
 
 ここににたどり着いたあなたは、きっとまた走りたいはずだから。

あなたの上に、心が満たされる幸せが訪れますように。
 

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