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<小説/不倫・婚外恋愛>嫌いになれたらは、愛を信じてる裏返し(23)STAGE5-1・再会(序)

 マッチングアプリは、結局一カ月くらいでやめた。条件で探すことに虚しさしかなかったから。そんなものが欲しいわけじゃない。誰かを愛したいだけ。そんな感情になるのは、直樹だけしかいないんじゃないかな。

 じゃ、私の願う『幸せ』は一生叶わないのかもしれない。
 
 私がどんなに気持ちにケリをつけようとしても、結局私は直樹に戻っていく。直樹に会いたい。触れたい。近くで声を聞いていたい。それが叶わないからって他を探しても、誰も直樹を超えてはくれない。

 何が好きで、何が嫌なのか、自分が全然わからない。芯が抜けてしまった感じがする。どうやって生きていいのかわからない。

 仕事では、とりあえず半年で結果を出すことができた。上も、無理難題をこなすとは思っていなかったらしい……。結果が出たらラッキー、出来なきゃ潰せる。そんなところだろう。それ以来、主導権はこっちにうつって、だいぶプレッシャーは減った気がした。

 心のプレッシャーが何もないなんて、初めてに近いのかも。

 私が欲しい『幸せ』を持っている直樹の『幸せ』を願うしかできない毎日。忘れていくとは違う。恨むとも違う。私は、私の『幸せ』を模索する。

 そういえば、直樹が大切にしている本を借りたままだった。今はもう売られていない貴重な本。声を聞く口実ができた喜びで、ドキドキする。

 「期待しない」「冷静に」と自分に約束して、仕事終わりの車の中で電話をかけようとした瞬間、直樹から着信があった。思ってもいない出来事に奇跡を感じた。

 「久しぶり。あんなこと言っておいてごめん。声が聞きたくて」
 まっすぐな言葉を聞いて心が和らぐ。

 「私も、今電話しようとしてたところだった」

 お互い涙声になる。

「もう忘れられてるかと思ってた」
「そんなわけないじゃん。俺がまだ好きなんだから、芹香も好きだと思ってたよ」

 前に、私が感じたことと同じことを言った直樹。私は『私が苦しいなら直樹も苦しいはず』だったけど。

「元カノなんて言ったけど、あの時は、芹香に役職もついて、佐藤部長と二部に行ってどんどん俺から遠くなっているような気がしてさ。それに、芹香の事を佐藤部長は名前で呼んでて俺以外に呼ばせるなんてふざけるなって思ってた。嫉妬とか劣等感とか。俺がいなくても、芹香は平気なんだろうなって勝手に拗ねてた。ごめん」

 あの時突然距離をとった理由がわかった気がした。
 
「でも、奥さんのインスタで……そのベットの写真があったから、もう終わったと思って……」

 私の心を壊したあの写真の直樹を思い出すだけで身震いしてしまう。電話は嬉しいけれど、とても直樹に触れられない気がする。

「ん?ありえないんだけど……。ちょっと待ってて」
 
 そう言って、直樹は奥さんのインスタを開いているようだった。直樹の声は、離れて行った時とは打って変わって私の好きな優しい声に戻っている。

「これは……、辛かったね。でも、俺を信じて。芹香を裏切ることはしてないよ。いつの写真なのかもわからない。そもそもこれは俺じゃない」

 俺じゃない?私ももう一度開いてみる。確かに男性の顔は見えていない。言われてみれば、直樹らしくないかも…。とにかくそうだとばかり思い込んでいた。

 どうして、こんなことを?他の女性への抑止力的なもの?……いや、直樹が自分が思う愛情を貰っていないのだとしたら、他に女性がいるかもと思うだろう。直樹の妻は私ってことを言えばプライドが保てるとか。最近のインスタを見ると、『今日は、結婚記念日。ナオ君に、バーキンのバックをプレゼントしてもらったよ』ってある。「これだって、俺じゃない。他の男と寝てても別になんとも思わない」と、ピッタリのタイミングで気持ちを読んだような言い方をする直樹。

 だったら、奥さんが自分で買ってるのかな……。近くにいるのに遠いってどういう気持ちなんだろう?それとも、直樹と同じように、アクセサリー感覚なの?もしかしたら、私と同じような気持ちを抱えているとしたらどんなに辛いことだろう。

 妬みや執着は、世の中にありふれた感情を自分に照らし合わせた分析結果だったのかもしれない。

 すべてが同じ答えとは限らない。いくら、想像をしたって本当のことなんてわかるはずがないのに。こうやって、自分の思い込みの中だけで、答えを出して「私が特別なはずがない。奥さんの方が良いに決まってる」と、苦しんでいたのかもしれない。

 その苦しみは自分を大切にしないことで「やっぱりね」が完成される。他の男と安易に寝る事なんて別にどうでもいいと思うくらい、直樹のことを忘れたかった。
 
 直樹を忘れようとしたことの後悔が襲う。信じられなかった自分が情けなく思う。
 こんな自分を見せたくないし知って欲しくない。直樹は知らなくても良いことだから。墓場まで黙っていよう。

 私たちは、次の日曜日に会う約束をした。

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