短編「約束の翼 〜 一陣の風のように」1
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第一話 ちはる
「キャッチ ソーオッ! キャッチ ソーオッ!」
遠くから"エイト"の勇ましいかけ声が響く。
朝焼けがあたりを照らし始める刻
薄紫色に染まった水面をスラリとした白い艇身が波飛沫を切り裂くように滑べりゆく。
"エイト"は近づいたかと思うとすぐさま遠のいて__
薄明の霧がかった遠く水平線の向こう側へと霞んで消えてゆくさまが幻想的に映る。
新学期早々に大学の漕艇部員たちの朝練が始まる季節が到来した。
ゴールデン・ウィークに開催されるレガッタ大会のため練習に余念がない。
「5分57. 91秒!すごく良いタイムね!ありがとう。」
舵手の小鳥遊 ちはるは無線で届いた2000mのリザルトタイムを水上のクルー達に伝える。
水上のクルー達はオールをお腹に抱えるようにして、オールの先端(ブレード)を水面と水平に保って静かに水面に置いた。
「ありがとう」のポーズだ。
ちはるはこの光景を眺めるのが好きだった。
(紫釉くん、見守っていてね。)
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ちはるは地元のS県の龍志館学院に入学した。
実家は川沿いにある喫茶店"ブルーバード」を経営していた。
店名の由来は苗字の"小鳥遊《たかなし》"に因んで、ちはるの父親が名付けた。
ここの喫茶店には河川側に隣接した大きな窓に特徴がある。
ちはるは幼い頃から店の手伝いをしており、大きな窓から見えるボート部の練習を眺めるのが好きだった。
紫釉と出会ったのは、去年のゴールデン・ウィークだった。
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今年は久しぶりに地元で大きなレガッタ大会が開催される。
ちはるのお店から見えるロケーションはまさに特等席であった。
GWの大会期間中は以前のごとく来客が押し寄せ店内は人いきれがするくらい大繁盛となる。
喫茶店「ブルーバード」は夜20:00まで営業している。
日が暮れるとレガッタ大会目当ての客は来なくなり、あれだけ繁盛していた店内には誰も居なくなった。
その時、扉が開いた__。
扉に備え付けた鐘の音がカラコロと音を立て
ボート部員らしき若者が顔を覗かせて
「まだ、お店空いていますか?」と訊いてきた。
「ええ。開いてます。」
彼は身を屈めて扉を潜り抜けた。
とても背の高い若者だった。
「ご注文は何になさいますか?」
と尋ねると
「キリマンジャロ、ブラックで。」
と答えた。
ちはるはコーヒー豆をミルで挽きながら若者の様子を横目で見ていた。
若者はすっかり暗くなった窓の外を眺めて沈んだ表情をしていた。
(どうしたんだろう?)
彼の物憂げな横顔が妙に気になってしまった。
ちはるは珈琲が出来あがると若者に提供する際に少し声を掛けてみた。
「学生さんですか?」
「はい。」
「じゃあわたしと同じ
ですね。」
「ええっ?そうなん
ですか?」
「わたしは龍志館です
よ。」
「マジですか!俺はそ
このボート部です。」
紫釉とちはるは顔を見合わせるようにして驚いた。
奇遇にも同じ一回生であることも偶然の一致だった。
同じ年齢でもあり、会話はごく自然とタメ口へと代わっていた。
「今日は大きなレガッタ大会だったよね?」とちはるが訊くと
「そうなんよ。ウチのボート部は未だに予選通過したことがないから。」
紫釉はため息交じりに悔しがっていた。
彼との会話は時を忘れるくらいに弾んだ。
あっという間に閉店時間となった。紫釉は「じゃ、また来るわ。ありがとう。」と言って支払いを済ませ帰っていった。
ちはるは何だか昔から知っているみたいな感覚を覚える。
(紫に釉で"シユウ"君か . . . 。
こんなに珍しい名前は聞いたことなかったよ。)
ちはるは幼い時から水面に浮かぶ白いボートが颯爽と駆けて抜けていく姿に憧れがあった。
紫釉との出会いが、ちはるをボート競技へと向かわせるキッカケとなった。
翌日、ちはるは紫釉の背中を追うように漕艇部に入部することとなった__。
《第二話へつづく》
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ヘッダー画像:Chiharu Saito
@chiharu_saito_ex
この作品はフィクションであり、作品中に登場する人物名・団体名は架空であり、実在する人物や団体とは何ら関係ありません。