短編 「亡き祖母のAir mail 」
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大好きな祖母が亡くなって
四十九日も終わるころだった。
母と一緒に祖母の遺品を整理していると
祖母が大切にしまっていたと思しき
大量のエアメールを見つけた。
「えぇっ?おばあちゃんって
国際恋愛だったの?」
私は好奇心に駆られて
「お母さん?読んで見てもいい?」
と訊いてみた。
母はにっこり微笑んで
「おばあちゃんって若い頃はハイカラさんって
言われてたみたいよ。」
数あるエアメールを眺めながらひとつだけ
消印のないエアメールにふと目が留まる。
その封筒の中には綺麗に畳まれた便箋に
何か書いてある。
(出さないまゝでいたのかしら?)
フランス語のようだ。
意味は解らない。
(英語ならなんとか読めるのに。)
すごく繊細な文字で書かれており
文章のところどころに花が開いたような
インクの滲んだ跡がある。
祖母の懐かしい文字を辿ると__
いつの間にか私はパリの街並みに佇んでいた。
横には見知らぬ男の人が立って居て
「トウコじゃないか?一体どうして?
いつから君はここに居るんだ?」
彼は驚きを禁じ得ない様子だったが、
私を見るなりニッコリと優しく透き通るような
笑顔がとてもチャーミングな人だった。
(トウコっておばあちゃんの名前だわ?)
「でも逢えて嬉しいよ。
はるばる日本から会いに来てくれて。」
彼はどことなく陰のある雰囲気で
長いまつげを伏し目がちにまたたきする横顔が
魅力的に見える。
(昔に観た映画俳優のアラン・ドロンに
どことなく似ているじゃない。)
その刹那__
彼の顔からふっと笑顔が消える。
「トウコ、もうすぐパリは陥落するだろう…。」
そういってタバコに火を付けて紫煙を
燻らせる
その横顔はどこか哀しげに見える。
(この人って何だかとても気になるわ。)
突然__
耳をつん裂くような爆発音が聞こえた。
逃げまどう群衆の叫び声が響く
ナチス・ドイツ軍の88mm高射砲の
水平射撃によってパリ市街地は至る所で
硝煙とガレキの崩れる粉じんであたりが
見えなくなってしまった。
視界が戻った頃にはもう彼の姿はなく
持ち主を失くしたジタンのタバコの煙だけが
地面に落ちて火種をくすぶらせていた__。
・
・
・
「あなた!大丈夫?」
母の声が聴こえる。
どうやら少しの間、居眠りしてたみたい。
私の見た白昼夢__
祖母の記憶がフラッシュバックしたのか?
(あの人…どうなったのかしら?)
私の眼から思いもよらず大粒の涙が溢れだす。
涙が祖母の手紙に書いてある文字のインクを
滲ませてしまった。
(あゝ そういうことだったのね。)
きっとはるか何十年前に祖母もエアメールを
書いている内に泣いていたに違いない。
祖母が遺していったエアメール
人は悲しみを乗り越えて
大人へと変わってゆく__
Merci, Mamie.
私は祖母の書いた文字に
そっと筆を重ねてみた。
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※この物語はフィクションです。