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【密着】知られざる本音に迫る!刑務官の新人研修

こんにちは。高松支局の広川隆秀ひろかわたかまさです。
僕は2023年9月中旬から11月の約2カ月半、香川県の矯正研修支所で行われた新人刑務官の「初等科研修」に密着取材する機会を得ました。

全国各地の刑務所や拘置所で働く刑務官
あまり身近な存在ではなく、近寄りがたいといったイメージを持つ人もいるのではないでしょうか。

このnoteでは「刑務官ってどんな人?」、「新人研修って何をするの?」といった疑問に答えるべく、全ての刑務官が経験する新人研修を紹介したいと思います。

集団行動訓練を行う新人刑務官=2023年11月

◆刑務官の登竜門「初等科研修」

初等科研修は刑務官としての基本的な心構えや法律の知識、矯正職員に必要な技能の習得を目的に行われます。
期間は約8か月間。大きく2つの課程に分類できます。

  1. 集合研修(約2か月半):全国にある研修所などで寮生活をしながら、法令や制度を学ぶ講義の他、体力トレーニングなどを実施 ←これを取材しました!

  2. 実務研修(約5か月半):集合研修で学んだことを配属された施設で実践

処遇する際に必要な法律や制度を学ぶ刑事政策の講義=2023年9月
体力トレーニング。「想像以上にきつい」と脱落する人もいた=2023年9月
香川の観光名所「金刀比羅宮」。体力トレーニングで上った=2023年11月

◆矯正護身術

公安職である刑務官は、危険と隣り合わせの職業でもあります。

ある職員が証言します。
「お前、(刑務所から)出たら絶対殺す」
長期刑の受刑者を収容する刑務所で、複数人から言われたのだそうです。

収容者が居室内の窓ガラスなどを破壊したり、刑務官に暴力を振るったり。
こういった事例も度々、耳にします。

そのような場面で用いられるのが、矯正護身術
職員と収容者の双方がけがをしないように制圧することを目的にしています。

収容者が武器を持っていると想定=2023年10月

指導した高松矯正管区の岡田清隆おかだきよたか警備指導官は、刑務官暦が約40年のベテラン。
過去に自身の部下が受刑者にハサミで襲われて大けがを負った経験を引き合いに、ポイント教えてくれました。

普段はおとなしい受刑者でも、急に態度を変えて刑務官を倒そうと必死で向かって来ることがあります。そういった場面に対応できるよう、なぜ体のこの部分を押さえる必要があるのか、根拠を説明するようにしています。やり過ぎるとけがをさせてしまうので、力加減についても意識して伝えています。
大事なのは淡々と制圧に徹すること。怒鳴ったり、大声をかけて威嚇したりするのはかえって相手を興奮させてしまいます。

岡田指導官に仕事のやりがいについても聞きました。
「人が変わって良くなっていくところを見られるのが、この仕事の醍醐味」

新人の前で手本を見せる岡田指導官=2023年10月

◆刑務所でも進む高齢化

高齢者や障害のある受刑者も少なくないです。勤務して2カ月くらい過ぎたころ、居室で高齢者が大便を漏らし、それを拭く後始末をしました。刑務官になってこんな仕事をするとは思っていなかった。衝撃でした。

中部地方の刑務所で勤務する新人刑務官が、自身の施設で経験した出来事を教えてくれました。

でもこれ、珍しいことではありません。
なぜなら、刑事施設も一般社会と同様、高齢化の波が押し寄せているからです。

2023年版犯罪白書によると、刑務所にいる65歳以上の高齢者率は2002年以降、右肩上がりで、2022年は14.0%でした。

車いすの補助の仕方を学ぶ福祉実習=2023年11月(高松支所提供)

新人研修では、高齢者や障害のある収容者にも適切な対応ができるよう、かがわ健康福祉機構が講習を担当しました。今後の矯正を担う新人刑務官は、サポーターや重りなどを付け、高齢者の感覚を疑似体験。その後、車いすの使い方やオムツの交換、シャワーが浴びられない人に温かいタオルで体を拭くケアの仕方を学びました。

暖かいタオルで体を拭く方法を学ぶ福祉実習=2023年11月(高松支所提供)

指導した担当者は刑務官に期待にすることについて、こう話します。

現場で働くと、高齢者や障害者は何度も同じことを聞いてきたり、思うように動いてくれなかったりといったことを実感すると思います。他者の気持ちを完全に理解することは難しく、自身がすり減ってしまうこともありますが、せめて勤務時は人として尊重して接してほしいです。それが結果的に更生の意欲を持ってもらう手助けになるのではないでしょうか。

かがわ健康福祉機構の講義を受ける刑務官=2023年11月

◆本音に迫る寮生活

今回、香川県で研修を受けたのは、関東や中部、四国地方の刑事施設で既に勤務を始めた14人。新人刑務官が過ごす寮にも何度かお邪魔しました。
研修時のきりっとした雰囲気とは打って変わり、同期と一緒に風呂に入る人、食事を取る人、勉強する人など、各々が好きなように自由時間を過ごし、笑顔も多く見えました。

ここでなら刑務官の本音が聞けるのではないか。
5人の新人に刑務官になった経緯や普段の仕事の様子など、それぞれの思いを聞きました。

その日に学んだことを日誌に記録する刑務官=2023年10月

「拘禁刑。教育だけで社会に出して大丈夫なのか」

公務員志望で、最終的に刑務官を選びました。人と接する仕事だと感じています。
全身に入れ墨が入った人は毎日のように見ているし、過去の犯歴から身構えることもありますが、実際に会ってみると意外と良い人だと気付くことがあります。そういう時、やっぱり同じ人間なのだなと感じます。
刑務所と異なり、私が勤務する拘置所はまだ刑が決まっていない人を処遇するので、暴力沙汰も少なくその点は安心感があります。施設によって処遇内容が異なるので、そういったところを同期に聞けるのはありがたいです。
拘禁刑については、今とは違った処遇になるので興味はあります。ただ、無気力だったり、粗暴だったり、さまざまな人がいます。教育だけでうまくいくのか、そのまま社会に出して大丈夫なのかと考えることもあります。

関東地方の拘置所で勤務

「目標は准看護師の資格を取ること」

もともとは高校卒業後、食品系の会社に行きたいと考えていましたが、コロナ禍で良いところが見つからず、公務員になろうと決めました。父も刑務官だったので、その影響もあります。
拘禁刑のことは研修で何度も勉強しましたが、ベテラン職員の人たちと同じ目線でやっていけるのか、不安もあります。
今後の目標は、高齢者や障害のある受刑者も多くいるので、准看護師の資格を取ることです。

中部地方の刑務所で勤務

「最初は怖くて不安。受刑者にドアを何回も蹴られた」

公務員志望でいくつか試験を受けました。国家公務員ということもあり、最終的に刑務官を選びました。
夜勤の巡回時、21時から朝6時まで1人で歩いて施設内を巡視します。最初は怖くて不安でした。受刑者からドアを何回も蹴られ、その時に初めて緊張しながら非常ベルを鳴らしました。
研修は楽しいです。普段の仕事で同期と会うことはまずないので、悩みとかも相談できます。

四国地方の刑務所で勤務

「拘置所と刑務所の刑務官は雰囲気が違う」

曽祖父、祖父、父が刑務官で、僕は4代目です。家庭環境や生活面で不便したことがなかったので、自分もそういった生活がしたいと思い刑務官を選びました。
集合研修の施設勤務実習は刑務所で行いました。職員の発言や顔つきが、自分の勤務する拘置所の刑務官と違うといった雰囲気を感じました。
同期との関係ができ、今後も相談できるようになりました。僕らはしっかりと研修を受けることができたので、不安なく勤務にあたりたいです。

関東地方の拘置所で勤務

「施設内はスマホ持ち込み不可。先輩たちの連絡先を知らない」

祖父と父が刑務官で、3代目です。自分も将来的には刑務官になるのではないかなと思っていました。
施設内にスマホを持ち込むことはできないので、連絡先の交換が難しく、先輩たちの連絡先を知りません。これまでは仕事中にその場で分からないことを聞くしかなかったのですが、一番身近で気軽に相談できる同期ができました。
犯罪者とひとくくりにしても、ちょっとしたミスで入ってしまった人もいます。対等な関係は難しいにしても、同じ人間なので、寄り添うようにしたいです。

四国地方の刑務所で勤務
夜食を食べながら寮で談笑する刑務官=2023年10月

寮には先輩職員が当直に入ります。
集合研修の意義について、ある職員はこう語ってくれました。

勉強は正直、どこでもできます。大切なのは、同じ場所に集まって同期のつながりを作ること。相談したり、悩みを話したりできないのは、若手にとってつらいです。同期は良きライバルにもなりますね。

◆矯正は変革期

2022年12月、名古屋刑務所(愛知県みよし市)刑務官22人が受刑者3人に暴行・暴言を繰り返す傷害事案が明らかになりました。

第三者委員会の提言書によると、22人の大半が経験の浅い若手。
さらに「人権意識が希薄で規律秩序を過度に重視するといった組織風土があった」とも指摘しました。

名古屋刑務所問題の経過

「なぜこんなことをしてしまうのか?」
「新人研修、ちゃんと機能しているのか?」
こういった疑問が、取材をするきかっけでした。

新たな被害者を生まないために、悩みを抱えながらも受刑者を更生させようと寄り添う刑務官がいるということ。今回の取材を通して知ることができました。

初等科研修を終了した新人刑務官=2023年11月

懲役刑と禁錮刑を統合し、受刑者の社会復帰に資する処遇を行う「拘禁刑」が2025年に施行されるなど、矯正の現場は規律や秩序重視の処遇から、教育や社会復帰の支援を主眼とした処遇への変革期にあります。

変われるのか。どう変わるのか。
じっくりと考えながら、今後も取材を続けていきたいと思います。

これまでの処遇と今後の在り方について、矯正施設での勤務経験が豊富な福山大学の中島学なかじままなぶ教授に聞きました。

提言を受け、大きく変わる来年度以降の初等科研修についてはこちらも。

広川 隆秀(ひろかわ・たかまさ) 1997年生まれ、山梨県出身。
2022年入社、高松支局で経済・交通担当。ジャパニーズヒップホップが好きです。

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