見出し画像

凪良ゆうさんの小説に登場する「揺らぎのある一文」が好き

物語を読んでいると、つい目を留めてしまう一行。

ページをめくる手がはたと止まり、文章の美しさや言葉の連なりに目を奪われて、忘れないようにと書き留める。

読書をしていると出会う、その瞬間がとても心地いい。

それから、さまざまな一行を書き留めるうちに、自分は複雑な感情がからまった想いを一文に閉じこめてくれる、そんな文章が好きなんだと気づいた。

特に、凪良ゆうさんの小説は、「普通」という言葉がもつモヤモヤとした違和感を、言葉にできないもどかしい想いを、そっとていねいに掬いあげてくれる。

凪良ゆうさんが描く物語に存在する「揺らぎのある一文」。

少しだけ紹介してみたいと思った。


わたしの美しい庭/凪良ゆう(ポプラ文庫)

小さな神社が屋上にあるマンションで、ままならない想いを抱えながらも、前を向いて日々を生きていく人々を描く『わたしの美しい庭』

両親を事故で失った小学生の百音もねは、父親代わりの統理とうり、そして同じマンションに住む路有ろうとともに、周囲からは「変わっている」と噂されながらも、何気ない日々を健やかに過ごしていた。

緩やかな日常で浮きあがる憂鬱。心の底でおりのように溜まっている未練。目には見えないのに、のしかかる周囲からの重圧。

まるで小さな棘のように、日々を過ごすなかでチクチクと突き刺さるそれらは、忘れたいはずなのに心のすみに居座りつづけては、ふとした瞬間に目の前に現れる。

ただ、この物語では、そういった逃れられない悲しみを無かったことにはしない。

登場人物たちは、悲しみをありのまま受け入れたうえで、決まったカタチのない幸せを受けとれる場所を探しにいく。

悲劇的な出来事、特異な人柄や関係性といった「普通」ではない事柄に、人はどうしても「変わっている」という烙印を押して、身勝手な感情を嫌味なく押しつけてしまう。

形がないって自由でいいねと言うと、形があっても自由にしていいんだよと返される(p.23)

わたしの美しい庭/凪良ゆう(ポプラ文庫)

それでも彼らは、周囲から変わっていると言われようと、かわいそうだと思われていようと、彼らにとっては「普通」であるその生活を、なに不自由なく過ごしている。

どこか儚げで蜃気楼のような雰囲気が漂う作品だけれど、温もりを感じる確かな優しさもたくさん詰まっている作品。

滅びの前のシャングリラ/凪良ゆう(中公文庫)

平和に見える世界でひっそりと絶望していた登場人物たちは、滅びゆく世界で心の底から欲していた一縷の望みを知る、凪良ゆうさんの連作短編集

「1ヶ月後に小惑星が衝突して地球は滅びる」という衝撃的なニュースが世界を駆けめぐるなか、思うような人生を生きられていなかった登場人物たちは、心の底に溜めていた望みに気づく。

ごく平穏を装いながら、まったりと絶望しているぼくのような『誰か』は。(p.42)

滅びの前のシャングリラ/凪良ゆう(中公文庫)

『滅びの前のシャングリラ』で登場する引用の文章は、柔らかい言葉なのに、世界は何も変わることがないと、心の底から思っていることが伝わる一文だった。

きっと誰もがうっすらと感じてしまう想いであり、もっと言えば、自分だけでなく、誰かにうっすらと感じていてほしい想い。

その後、知らされる世界の滅亡へのカウントダウン。

学校でいじめを受けていた少年も、上の命令で人を殺したヤクザも、子どもを守るために恋人から逃げ出した彼女も、こんな世界になってしまったからこそ、忘れていた幸せの断片を思い出す。

ただ、想いに突き動かされて育っていく幸せと反比例するように、世間で尊ばれていた愛情は擦り減って、限られた時間で見慣れた景色は崩れていく。

それでも、最期のときを思いおもいに過ごすと決めた彼らは、荒廃していく世界をさまよいながらも、どこか吹っ切れたような気持ちで人生と向き合う。

少しづつ壊れていく日常のなかで、バラバラになった心を必死で通わせようとする人たちを、どうせ死ぬなら何をしても変わらないなんて到底思えなかった。

流浪の月/凪良ゆう(創元文芸文庫)

動くことのない事実と、決して理解されない真実のはざまで揺れ動くふたりの男女が、世間の目に晒されながら自らの居場所を探しつづける、2020年の本屋大賞を受賞した『流浪の月』

当時、9歳だった少女は、両親を失い叔母のもとで過ごしていたが、自分の居場所が見つけられずに公園のベンチで佇んでいたところ、大学生の男に手を差しのべられる。

その手をとって、彼の家で過ごした2ヶ月間は、居場所を失った少女がこの世界で生きつづけるための拠り所となっていった。

そして、15年の時を経て、彼らは再会する。
あのころの記憶を携えて、少女は彼と出会ってしまう。

彼らに浴びせかけられる憐れみや非難は、優しさや正義感といった衣をまとったまま、忘れてほしいと願う人たちに襲いかかっていく。

世間は別に冷たくない。逆に出口のない思いやりで満ちていて、わたしはもう窒息しそうだ。(p.117)

流浪の月/凪良ゆう(創元文芸文庫)

人にとって優しさは、見ず知らずの人間に救いの手を差し伸べることだったり、相手のためを思って話を聞いてあげることだったりする。

しかし、優しさという善意で塗り固められた行動は、時として、拒否することのできない諸刃の剣となる。

そして、確かにある隔たりを自覚しないまま押しつけられる優しさは、誰もが無自覚に手にする可能性のあるものだった。

上記で引用した『流浪の月』に登場する主人公のセリフ。

たった二文の短い文章なのに、彼らの息苦しさがどうしようもないほど伝わってくる。「出口のない思いやり」とは、なんて歪で、確信を突く表現なんだろう。

凪良さんが描く「普通」ではない人々は、きっと存在している。
見えている場所にも、見ようとしていない場所にも。

そして「普通」ではない人をつかんで離さない、さまざまな形で作られた足枷を、凪良さんは一つ一つていねいに書きだしながら、登場人物たちの複雑な心情を描いてくれる。

あの「揺らぎのある一文」で。

あなたにとっての「揺らぎのある一文」

好きな小説。好きな作家。好きなシリーズ。

いくつもの作品を読みかえして、自分にとって好きだった一文を探してみると、何らかの共通点を見つけられることがある。

自分自身が書いてみたいと望んでいた「揺らぎのある一文」は、凪良ゆうさんの作品にたくさん詰まっていた。

まだまだ読んだことのない作品も多いけれど、それでも、これから拾いあつめることができるのだと、ワクワクする気持ちもある。

もし、あなたにとっての「揺らぎのある一文」を見かけることがあれば、ぜひ教えてください。いつの日でもいいので。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集