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重厚な音楽と革命の足音が響く街【革命前夜/須賀しのぶ】
自分はベルリンの壁が聳え立つ
冷戦下のドイツを知らない。
爆撃によって一瞬で全ての色が消え去り
未だ瓦礫が残るドレスデンの街を歩いたことはない。
それでも、この物語を読んでいると、当時、蔓延していたであろう閉塞感、そして、それぞれの街の空気感や風景の色合いを、まるでその場に立っているかのように肌で感じ取ることができる。
この「革命前夜」という小説では、冷戦下のドイツに音楽留学のために訪れた主人公が、国内を取り巻く因縁の歴史に翻弄されながらも、自らの音と向き合い成長していく姿が、著者である須賀しのぶさんによって丁寧に描かれる。
この物語の主人公となるのが、ベルリンの壁崩壊前の東ドイツ、バッハの生まれた国へ自らのピアノと向き合うために訪れた眞山柊史という青年。
彼はドレスデンの音楽大学で優秀な学生や留学生たちとともに、音楽の探求に勤しみながらも、確固たる自らの音が見つからず苦悩の日々を送っていた。
そんなある日、彼は教会のオルガンでバッハを軽やかに演奏していた女性が奏でる、澄んだ輝きを放つ銀の音の虜になってしまう。
しかし、彼女は国家保安省・シュタージの監視対象であり、異国人である眞山を冷たい態度で突き放す。そこで主人公は、自らが現在住んでいる国が、どれほど歴史の呪縛に囚われているかを思い知らされることになる。
「いいこと教えてあげる。
この国の人間関係って、二つしかないの。
仲間か、そうでないか。
より正確に言えば、密告しないか、するかよ。」
東西をベルリンの壁に隔てられたドイツは、色鮮やかな街並みが目を惹く西側と比べ、東側は無機質で整然とした世界が広がっており、そこかしこに潜む国家の目に見張られながらの生活を余儀なくされていた。
そんな、色褪せた灰色の街を舞台にした物語を少なからず彩るのは、古くから音楽文化が色濃く残るドイツで演奏される名曲の数々だった。
旧宮廷教会のオルガンが鳴らすバッハのカンタータ。
ドレスデンの小さな教会に響く
ラインベルガーのカンティレーナ。
バラトン湖の側で奏でられる
ラフマニノフのヴォカリーズ。
ただ、音楽自体は変わらないのに、素晴らしい曲も演奏する人の評価も、築き上げた地位でさえも、社会の変容や些細な行動によって瞬く間に反転する。
それでも、この物語を通して、足元を照らすことしかできなかった小さな焔は、やがて抗う人々の心に火を灯し、革命を先導する聖火へと変わる。
鉄のカーテンによって閉ざされていた東西がベルリンの壁の崩壊によって開かれるまでの、国民の反体制運動の高まりや亡命を求める群衆のうねり。
そして、この時代を生きる者が胸に抱いていたであろう戦いの焔が燃え上がっていく様を、ぜひ読んで目に焼き付けて欲しい。