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ショート・ショート

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今まで投稿したショート・ショートを纏めました。2,000文字以下の短い話ですが、「落ち(下げ)」に拘って書いてます。
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2024年8月の記事一覧

【ショート・ショート】ある秋の日の公園

【ショート・ショート】ある秋の日の公園

 昨夜の雨が嘘のように、空は晴れ渡っている。雨に洗われた空気が一層透明感を増したようだ。
 早秋の公園は昼下がりでも少し肌寒い。
 久しぶりに訪れた公園の芝は、汚れを流して輝いている。山側に樹々が繁り、海側に芝生が養生されていて、その中を小径が通る。他には余計なものは何もない。そこが私が気に入ってる理由でもある。
 葉を落として軽くなった樹の枝々の間から日が射して、芝の上に日溜まりを作っている。そ

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【ショート・ショート】ある朝の情景

【ショート・ショート】ある朝の情景

「もう、パパ。早く出てよね。急いでいるんだから」
 ドアのノブが、ガチャガチャ鳴る。
「せかすな、今出る」
「早くしてよ、もう」
 二階のトイレ。ドアの外では、まだ不満が足踏みしている。

「また本でも読んでるんでしょう。もう。持ち込まないでって、言ってるのに」
 この騒ぎに、幸子を呼びに来た妻まで加わった。
「ここが一番落ちつくんだよな」
「朝は忙しいのよ。少しは、みんなの迷惑、考えてよ」
 二

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【ショート・ショート】夏みかん

【ショート・ショート】夏みかん

 バス停では既に三人が待っていた。風が冷たい。
 私はコートの襟を立て、ポケットに手を突っ込み、少し背中を丸めながら列の最後尾に付いた。綾子は寒さに強いのか、私が驚くほどの薄着だ。

 暫くして、老夫婦が我々の後に並んだ。
「ほら、ご覧。夏みかんの皮が剥けているよ」
 声の方を向くと、老人が、家の庭先から道路に張り出した、枝もたわわに実る夏みかんの一つを指さしている。両の手で包んでも余りそうな大き

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【ショート・ショート】衣替え

【ショート・ショート】衣替え

「もう大分暖かくなってきたから、そろそろ衣替えしなくちゃね」
 縁側の日差しに包まれるとリンネルのシャツでは、ややもすればうっすら汗ばむほどだ。妻は、箪笥から冬物を引っぱり出して、クリーニングに出す物を選り分けている。
「それ、好きだったな」
 濃い萌葱色のセーター。二十年も前に買ったんだが、未だに古ぼけた感じがしない。
「あなたのお気に入りですものね」
「ああ。多少値が張っても、良い物はやっぱり

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【ショート・ショート】三叉路

【ショート・ショート】三叉路

 去年の正月に行われた中学の同窓会で、美鈴に会った。

 カッちゃんと呼ばれたのは久しぶりだった。昔から明るい子だったが、二十年の月日がそれに輪を掛けていた。私が冗談を言ったり揶揄ったりする度に、美鈴はやだーっと笑いながら肩や腿を思い切り叩く。これには閉口した。

 東京に戻って暫くすると、地元の友人がスナップ写真を送ってくれた。お礼の電話を入れると、友人は切り際に、美鈴の夫婦仲が悪いことを教えて

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