休職経験者『ラストマイル』を語る。
映画『ラストマイル』観てきました!とてもよかった!よかったのですが、期待していた分、ちょっと物足りなかった。
いや、モヤモヤが残った?
今日はこの辺りについて書いてみたいと思います。ちなみに、がっつりネタバレありなんでご了承ください。
軽く自己紹介すると、30代男性、教員です。メンタルダウンを経験し、3年間休職しました。その後復職し、「5年後も再発せず、笑って働いている」を目標に生きています。よろしくお願いします。
数字にするなら5段階評価で3.8くらい
もっと『アンナチュラル』の石原さとみや『MIU404』の星野源たちががっつり活躍すると思っていました。確かに登場した。出演時間もそこそこあった。
でも、彼らが少しずつ謎を解明し、新主人公の満島かおりと協力し、狡猾な爆弾魔を追い詰める…!!みたいなストーリーではなかった。
ただ、そのガッカリ感を差し引いても、さすが野木亜紀子さんの脚本、ストーリーも面白いし、物流を舞台とした人間模様はお見事でした。
これに関しては、かんそうさんが素晴らしい文章を書いていただいているので、こちらを読んだほうがいいです。僕はちょっと別のことを語りたい。
仕事との距離感という視点で見てみた
僕は仕事一辺倒になって休職してしまい、しばらく休み、自分を見つめ直した結果、「仕事との距離を適切に取りつつ、仕事以外の家事や趣味の時間を楽しんでいく生き方をしよう」と切り替えました。
仕事はあくまで人生の一部であり、もっと家族との時間や、映画や本に触れる時間を大切にしていきたいなと思ったわけであります。
今回の主人公の満島ひかりは、Amazonのような物流サービス、デイリーファーストの偉い人。実は仕事を頑張り過ぎて眠れなくなり、3ヶ月の休職を経験しています。
しかし、現場復帰した満島ひかりは、また仕事一辺倒に戻るのです。
買い物が好きで、優秀で、アメリカでの経験もある、どこか謎がある女性管理職。会社の行動原理に染まっており、何より優先すべきはお客様への荷物の配送を止めないことだと思っている。
立場の弱い運送会社の中間管理職、阿部サダヲに「ちゃんとやってくださいよ~」と詰めたり、警察にも爆弾が入ってないかを手伝わせたり、仕事人間なんですよ。
休職を経験したのに、仕事との距離感が取れていない。そこに当事者としては違和感がありました。
特に部下の岡田将生との対話のシーンが印象的でした。
会社のバリューのひとつ、「カスタマーセントリック(お客様を第一に)」というマジックワードを使えば、だいたいのことは都合のよいように説明できちゃうんだよとペラペラしゃべる。
怖い。危うい。仕事に、会社に染まっている。そうやって厳しい競争に揉まれながら、成長をしてきたんでしょうね。
仕事のシステムの中で交換可能な部品となる人たち
少ない社員と、多くの派遣社員からなる配送センター、荷物を運ぶことを管理する運送会社の社員。さらに下に位置する、宅配ドライバー。
みんな必死に労働しながらも、システムの中ですり減っています。この辺りは、書評家の三宅香帆さんのnoteがよかったです。
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』については、僕もこちらの記事にまとめました。仕事一辺倒で頑張って、疲れて、本が読めない社会って何?
マジで現代社会で働く上で無視できない問いだと思います。
人間はより豊かに、より幸せになるために社会を発展させてきたわけですが、工場を作ってモノが豊かになったけど、心が豊かになったかと言えば疑問が残ります。
工場では絶えず稼働するコンベアーに対して、効率的に人員が配置され、低コストでよい商品を作るようになりました。そして、人間は機械の一部のようになり、派遣社員が多くなり、交換可能になっています。
飛び降りて、ベルトコンベアーを止めようとした中村倫也は管理職でした。派遣社員を管理し、作業効率を落とさないように必死で働いていました。
でも、疲れちゃったのだと思います。休んだり、辞めたりしたらよかったのに、それもできなかったのでしょうね。
飛び降りれば、この忌々しいベルトコンベアーは止まるのではないか。でも、飛び降りて、一時的にラインの稼働が止まっても、ベルトコンベアーは再度動き出しました。悲しく、悔しかったと思います。
「あー、俺の行為は無駄だったのかー」と。そして死ぬことができず、5年間意識が戻らなくなりました。
その恋人は、企業に責任を追及するも取り合ってもらえず、自殺未遂の原因を自分にされてしまったりして絶望し、爆破事件のテロリストになります。
壊れちゃったんでしょうね。大切な人がシステムの中で壊された。ずっとそばにいたかっただけなのに。
命より大切な仕事なんてない。でもシステムの中で必死に働くうちに、優先順が狂ってしまうんですよ。
壊れてしまったふたり。米津さんの『がらくた』が染み渡る。
満島ひかりの変化
トラックドライバーの親子は低賃金でやりがいを見出そうとしながら働いている。でも尊敬しているやっさんは、働きすぎて死んじゃった。
満島ひかりより弱い立場にある運送会社の阿部サダヲは今にも過労で倒れそう。
満島ひかりに「何か言い訳は?」と言う嫌な上司、ディーン・フジオカだって、実は上からのプレッシャーを抱えている。
犠牲者と犯人だけじゃなく、みんな何かしらメンタルヘルスの問題を抱えているんですよね。明らかに労働のシステムに問題がある。
そんな状況に過剰適応していた満島ひかりは、展開が進むにつれて、ゆったりと立場を変えます。
最初はラインを絶対に止めないと気張っていたのに、運送会社のストライキに協力し、「みんなで大事なこと見なかったから、こうなったんじゃないですか」とディーン・フジオカに話す。
大好きだった仕事を解雇され、最後の荷物を顧客にプレゼントして、パトカーの後部座席で安堵したように眠りにつく。
でも、モヤモヤは残されている
事件の謎は解明される。最後の爆弾も無事に終わる。主人公は物語の中で変化し、役割を果たす。
でも、次のセンター長を任された岡田将生はロッカーの前でなんとも言えない表情をしている。彼は、仕事との距離を取りながら、健康に働けるだろうか。心配だ。
ストライキの結果、運送料は20円アップした。でもドライバーは焼け石に水だなと言っている。システム自体は大きく変わらない。みんな幸せに近づけるのだろうか。
仕事は際限がない。そしてシステムの中で疑問を持たないと、僕達は部品として消耗してしまう。豊かに暮らしていくためには、仕事を断ったり、定時に帰ったりすることで、自衛していくしかないのだろうか。
でも、中にはそんな働き方できない人もいるだろう。僕は幸い長く休職することができる立場だったけど、休職を選べずに、退職を余儀なくされる人もいるだろう。
働くってなんだろう。豊かさってなんだろう。僕達は考え続けることを求められていると思う。
『アンナチュラル』の石原さとみは「仕事は生きるため」と即答している。しっかり働いて、しっかりごはんを食べるのが印象的だった。
生きることは食べること。彼女の仕事への取り組み方は好感を持てたし、僕も勇気をもらった。
今回の『ラストマイル』は、なんというかカタルシスが少なかった。
うーん、もっと希望が欲しかったのか?なんだろうこのモヤモヤは。
でも、これが僕達が生きている社会であり、繰り返しになるけど、「働くってなんだろう」という問いを少しずつ考えながら、おいしいごはんを食べながら、家族や友人と談笑しながら、映画やゲームを楽しみながら、僕達は生きていくしかないのかなって。
そんなことを考えました。
3000字超えちゃった!そろそろ筆を置きます。
今回のnoteを書くにあたり、哲学者の谷川嘉浩さんのnoteも参考にさせていただきました。ありがとうございました。