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鬱? イライラからの脱却 ~癒しのひとときを求めて~

「なんとなくイライラする。何だろう一体。こうのんびりと癒されたいなあ」吉岡はそう言ってため息をつく。最近どうも状態が悪い。理由がはっきりしないが、どうも苛立っているようだ。根本的な原因がわからない。

 かといって健康面で悪いわけではなかった。特に便秘とかそういうこともなく、毎日快便と言ってもいい状態。食欲も十分だ。ということは精神的な面で良くないのかもしれない。と言っても不眠症ではなかった。なぜならば布団に入ったらものの十数分もすれば、記憶が無くなる。つまりよく眠れているのだ。

 夢、どうだろう見る日と見ない日がある。夢を見るときは確かに意味が解らない夢を見た。それは時系列がぐちゃぐちゃで、よくわからない設定。だがいわゆる『悪夢』とは無縁である。苦し紛れに大声を出すとか。起きたときに汗をかくとかそういうこともない。そのような体験は昔あったから、あれは悪夢ではないはずだ。

 だが吉岡はこの状況を打開しないといけないと直感した。
「さて、どうしたものか」吉岡は自前のタブレットの電源を入れて、イライラの原因と改善する方法がないか探してみる。

「ほう、いろいろ書いているね。うーん心の不調ねえ」吉岡はメンタルに関するWebページを眺めた。「さて、該当するものは」と探していく。
「憂鬱(ゆううつ)か、気分が良くない。ん?」吉岡は何か気になった。「うつ(鬱)って難しい字を書くなあ。こんなの見ずに書けないよ」

 すると吉岡は、突然目の前にあった、紙と筆ペンを取り出した。
「書いてみよう」と筆ペンを利き手にもち、書いてみる。もちろん何も見ずに書けないから、字を見ながら書く。だがうまく書けない。一体何画あるのだろう。『鬱』を大きく表示しているページを探してみる。こうして字の中で構成されている部分もはっきりわかるような、大きな漢字を映し出しているページを発見。

 吉岡はその字をじっくりと眺めてみた。
「しかし鬱とは不思議な字だ。上を見ると木がふたつ並んでいて、間に『缶』という字があるのか。木で缶を挟んでいるとは?」

 吉岡は初めて知る漢字の中身を見て首をひねる。
「とりあえず下だ」と下を見た。間を遮るような冠の上の部分(わかんむり)があって、さらにその下を見る。
「凶? ウツだから悪いこと? いや違う。これは※マークだ。それを囲っているのか、その下に『ヒ』うーんなんだろう。米を炊いているのか。ならば横にあるサンズイじゃなくて。えっと、さんづくり(彡)は、吹き付ける風なのかなあ」
 吉岡は頭が混乱した。だがイライラしていない。むしろ好奇心に満ちているのか? 頭を使っていてもストレスを感じないのだ。

 調べるのは後にして、とりあえず書いてみた。初めて書く鬱の字。どうにか書いてみる。そしてこのときばかりは、キーボードなどの入力で簡単に変換できる、21世紀の時代に生きたことを、なぜか誇らしく感じた。

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「ありゃ、やっぱり縦長になったな」吉岡はひとりで笑う。
 そして気になる、この字の語源を調べてみた。
「この字が鬱という暗いイメージと、どうつながっているのだろう。まさか画数が多すぎては無いな」

 タブレットで見ると簡単に出てきた。「ええ?」吉岡はその結果を見て絶句。何と酒に関係あるという。
 左下の※マークを囲った『ヒ』この書体は鬯(ちょう)と呼ぶらしい。さらにこの字は香草を酒壺に浸した形という。
「薬酒なのか、へえ※が香草で、ヒは容器の脚の部分かぁ」吉岡の知的好奇心がさらにくすぐられる。その横の「彡」を見た。「色や香りが盛んな様子。ということは薬酒からの香りだな。ほう、じゃあその上は?」

 上の部分を見ると、うかんむりが蓋であることは解るとして、その上に木と缶が並んでいる。
「木がふたつあるから林。でその林の茂ったところにある缶は甕なのか、へえ」
そして結論はこうだ。甕の中に香草を加えた酒を入れて蓋をして、林の中でしばらく置いておくと、熟成されて香りの強い鬱鬯(うっちょう)の酒ができたという。

「そうだ、香りの強い酒があったはずだ」吉岡は立ち上がった。

「普段は飲まないけど、飲んだら癒されそうだ。吉岡は戸棚からウイスキーのボトルを取り出す。
「香草は入っていないけど、熟成して香りが強いから、あながち間違いではない」そういって、コップにほんのわずかのウイスキーを入れていく。茶色く熟成された液体がコップに入る。すでにそのときに確かに香りがした。
「おお、何ともいい香りだ」吉岡はガラスの猪口コップに入ったウイスキーの香りをかぐ。
 ほとんど舐める程度しか入っていないが、吉岡はそのまま口の中に放り込んだ。

「うわあーこれは効くね」吉岡は少し後悔しつつも余韻を楽しんだ。喉が少ししびれるような感覚と口の中に広がるウイスキーの熟成した香りを嗅ぐ。酔っ払いとまではいかなくとも、体の中が少し火照ってきた。

「なんとなく、これで癒された。でも酒で癒されたらまずくないか」とひとりごと。ところがここでまた頭の中に浮かんだもの。それは『癒』の漢字。

「えっと、どうだったかな」
『鬱』と同じようにして拡大した『癒』の字を表示させる。そして書いてみた。

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「これまた拡大したら、細かくいろんなものが入っているなあ」
 しかし吉岡は鬱のときのようにこの文字の意味は調べなかった。どうやらわずかばかりのウイスキーを飲んだのがが良かったのか、気分が癒されている。だから字のことなど、どうでも良くなったのだ。


 こうして吉岡の苛立ちは収まり、気持ちが晴れた。結局何が原因だったのか? 最後までわからない。
「癒」という字を書いたから癒された。まさかそんなことは無いだろう。

 ちなみに『癒』の字の由来は「病気で寝台にもたれている文字」と「木をくりぬくための工具」、それから「渡し舟の形」から構成。後に心臓を意味する「心」が追加された。これは体の悪い部分を抜き取ることで病気が治るという意味らしい。




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