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ゴールを目指しながら響いてくる声援

「なんで気軽に参加しちゃったのだろう」悟はそうつぶやいた。これはハーフマラソンの最中。目の前に見えるのは折り返し点。
 しかしもうほとんどの選手はゴール近くにいた。折り返し点手前にあったドリンクが置かれているテーブルに残っているドリンクを手にすると、立ち止まって口の中に液体を入れる。
 普段ジョギングなどを行わない悟は、軽いノリで参加してしまい、その現実を前に後悔の念に立っていた。

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 それは今から3か月前のこと。
「俺、今ジョギングが趣味なんだ。美咲のおかげで」とは、久しぶりに会った学生時代からの親友・智也が語る。隣には半年後に結婚することが決まっていた美咲が笑顔で座っている。「ジョギングかあ、話を聞くだけで大変そうだな」 悟はジョッキに入ったビールを一気に飲み干した。
「いや俺も最初はそう思ったんだが、毎朝一緒に公園を走っていると、これが結構楽しいんだ。結果的には見事に彼女にはめられたというか」「もう、私を悪者のように!」と横に座っていた美咲は笑って軽く智也を叩く。
「で、せっかくだから大会に出ようってことで、新婚旅行はホノルルマラソンに出ようってなった。そこから挙式の日程も全部逆算したんだ」
「へえ、お前変わったな。昔は太っていてインドア派だったのにな」そう言って悟はビールのお代わりを注文した。目の前の智也はジョギングのせいか、筋肉質で体もやせ気味に見える。

「で、練習を兼ねて三か月後に行われる、ハーフマラソンに出ようと思っている」「ほう、本番の前に練習か。頑張れよ」「いや!ここからが大事なところだ」と智也は声を大き出すと、自らのビールを飲む。
「そこで、この日せっかくだから、昔の仲間みんなで出ようってことになた。大輔と輝幸も参加することになったんだ」
「おお!懐かしい名前だな。元気でやってるのか」「ああ、元気だったよ。だから悟も出ないか?」「え?俺が!長距離走はあまり得意では」といって、運ばれたばかりのビールに口をつけた。

「悟さん大丈夫ですよ。まだ3か月あります。明日からジョギングがんばれば、フルマラソンの半分だし」「大輔と輝幸もこれを機に走るって言ってたよ。どうだいいだろう。お前も参加したら、久しぶりに全員揃うんだ」

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 そこまで言われると、断るのも申し訳ないと思った悟は、ハーフマラソンの参加を了承した。参加費の支払い以外の手続きなどは、全部智也がやってくれる。ここで3か月間、真面目にジョギングのひとつでもすれば、また結果が違ったかもしれない。
 しかし悟は何もしなかった。「21キロくらいなら大丈夫だろう」と、高をくくる。

 そして迎えた当日。この日は智也と美咲をはじめ、輝幸と大輔の顔も見えた。「悟は練習したのか?」とは、昔から真面目一徹で、この中で最も背の低い大輔。「え!まあ仕事忙しかったからなぁ」と適当にごまかした。
「ダメだな。誘われてから毎日走って、昨日も5キロ走った」と、真顔で指摘してくる。「大丈夫だ、俺もほとんど走っていない」と、ひときわ背の高い輝幸が笑う。

 こうしてスタートラインに立つ。規模など調べていないが、そんなに大きな大会ではないハーフマラソンなので、2000人くらいの参加者だと考えられる。でも先頭からは多くの人がいて、ずいぶん離れていた。そしていつの間にかスタート。最初に走り出せるまで数十秒かかった見込み。

 悟らのメンバーは横一線にいて一斉に走る。メンバーの中でいきなり先頭に出たのは、智也。すぐに美咲が続いた。あとの3人は、いきなりこのふたりから差をつけられる。「まあ順位争いはしてないから」と悟は頭の中でつぶやいた。さて1キロくらい走ると、今度は大輔が前のほうに離れて行く。この間も次々と後ろから悟の前を通り過ぎる人たち。
「彼らのペースに合わせると絶対危険だ。ゆっくり走ろう」しばらく横にいた輝幸の姿もあって、安心感がある。しかし3キロくらい過ぎると、今度は輝幸とも差が開く。「おい、待ってくれ」声を出しそうになって、慌てて口をおさえる悟。輝幸にはついていこうと少しペースを上げようするが、とても間に合わない。ついに輝幸も遥か前に進んでいく。

「早くも孤独との戦いか。もう」と言って、マイペースで走ることにした悟。しかし5キロを過ぎたあたりから様子が変だ。急に足が痛くなる。
「ありゃ、足が」たまらなくなり歩き出す。しばらくしてから走ろうとするが、すぐに足が痛くなる。ついに走れなくなった。「走れない、歩こう」気が付けば、ほとんどの人がいない。でもまだ最後方ではなかった。「少しでも前に」

 こうして踏ん張りながら歩く悟。途中ドリンクが置いているところでは、毎回立ち寄って飲む。沿道には地元の子供たちが「ガンバレ」と、小旗を振って応援してくれる。
 テレビでマラソンの中継などを見て「あんなもの、何の意味あるのか」とバカにしていた悟であるが、これが不思議と元気づけてくれた。「とにかく歩くしか」歩くことしかできないから、さらに後ろから追い抜かれてしまう。それでも折り返し点が見えてきた。「ふう。あと半分」
 そしてどうにか折り返し点から、来た道を引き換えるように戻ると、ほどなく衝撃のシーンを見る。

 それは最後方の選手がいて、その真後ろに監視用の車がついてきていた。つまり最後方との距離が近い。「え、最後方になったら強制的にリタイアさせられる?」
 このハーフマラソンは制限時間がなかった。本当はあったのかもしれないけど、悟は意識していない。だけど最後方を監視する車がすぐ近くまで迫っているのを見ると、いつリタイアさせられるかわからないと考えた。

「ここまで走ってリタイアだけは嫌だ。とにかく歩こう」ここで悟はもう一度、走ろうとチャレンジしてみる。だが無理だった。すぐに足に激痛が走る。痛みのはしる第一のところは足の付け根というべきところ。ちょうど胴体との境目のあたりだろうか? 両方に痛みが走る。また足の関節も同様に痛い。ただ歩くだけなら多少の痛みがあってもまだ大丈夫だった。でも走ると一気に激痛が走る。いくら脳からの意志として指令を出しても、神経の痛みが足を被いつくす。だから強制的にブレーキとなって、足が動かないのだ。

「余計なことはやめよう」悟はやはり歩くことに切り替えた。幸いにも前に歩いている人がいる。悟も歩いているが、ここでふと早歩きの体制をとった。これは走るのと違い、痛みにはあまり影響がない。すると前の人との距離がどんどん縮まるのがわかる。ついにその人を追い抜いた。
「お、ひとり抜いた。こやって少しでも抜きさえすれば、最後方の車から離れられる。完走は夢ではない」

 悟はここで頑張りが功を奏したのか、こんな調子であと3人ほど追いついて歩いて抜き去った。ほかの人よりはまだ気力が残っているのか、単純に相手が限界だったのか、それはわからない。
 この間も沿道には子供たちがいて「ガンバレ」と声援を送ってくれる。これは脳からの指令よりも足に効果的だというのか?不思議と体が前に動くような気持ちになった。歩くことができなかったとしても、確実にゴールを目指している。

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 あと、5キロを切ったところまできた。実はこのレースはハーフマラソンの他にも、10キロと5キロのミニマラソンのようなレースも同時に行われている。すると圧倒的な速度を持つ人が涼しい顔をして、悟をあっさりと抜き去るではないか。「10キロの人か。全く格が違う」
 そんな10キロで、健脚のひとたちがどんどん悟を抜いていく。これは高速道路を走る軽自動車をスポーツタイプの車が、圧倒的な速度の差で抜き去るかのようにも見える。
 悟は頭の中でいろいろと考えながら、さらに進む。残り2.5キロ地点になり、今度は5キロの人がそれに混ざりはじめた。これは距離が短いためか、大人に交じって子供たちもいる。もちろん現状は彼らには全く勝てず、抜かれ続ける悟。でもこの人たちに混じれば、もうリタイアさせられる可能性が限りなく低くなる。

「この人たちの仲間のふりをして、ゴールを目指そう」つけているゼッケンの種類が違うのに、そんなことが頭に浮かんできた。このころには相当足が痛いのに、頭の中ではいろいろと考える。こうして10キロや5キロの人に混じっていくと、ようやくゴールが見えてきた。「よし行ける」悟は、ラストスパートと言いながら力強く歩く。
「あ、ハーフマラソンの人だ」と聞こえたのは、ゴール近くで待機しているスタッフの声。それを聞きながら、悟はついにゴールに到達した。
 そのまま足を引きづり、スタート時に靴につけていた「ランナーズチップ」を返却する。

「おい、悟」声のするほうを振り向くと、智也がいた。
「ああ、どうにかゴールできた」「おい、あまりにも遅いから心配したぞ。みんなあそこで待っている。歩けるか」悟は小さくうなづくと、智也と一緒に他のメンバーのいるほうを歩いた。

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 この日はこのあとすぐに帰る。足の痛さが収まるわけがないが、どうにか家に到着するまではたどり着けた。だが家に帰ってからが苦難の始まり。安心しきったのか、足が動かない。それでも風呂場に入って体を洗うが、途中で足が固まり、うまく立てずに苦労した。手で壁をつかんで支えながら、ようやく立つと、今度は足の震えが止まらない。
「うゎあ、足が震えているよ。イテテ、今日はほんと無理した」それでも時間をかけて湯船に足を入れていくと、ここでお湯に癒されたのか、足は少し動いた。
 こうして少し楽になって眠ったが、翌日が休みだったことが幸いする。
足が痛いので翌日はトイレと食事以外、終日ベッドから起きることなく寝ていた。

 後日ハーフマラソンの結果が送られてくる。そこには参加者の名前と時間がかかれていた。悟は下から5番目であったが、しっかり「完走」となっている。「一応記録は完走だ。でも最初で最後になるだろうな、ハーフマラソンの参加は」悟はその表を見ながら、ひとりでニヤケるのだった。


※こちらの企画に参加してみました。
 (実話をもとに創作してみました)

まだ間に合います。10月10日まで募集しています。
あと1日を切りましたが、まだ間に合います。よろしくお願いします。

ついに100日目です。(無事に達成。ゴールしました!)

第1弾 販売開始しました!

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シリーズ 日々掌編短編小説 265

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