公務員が3万円の年末ジャンボを買った話
地方公務員1年目、30歳の私が、今年の年末ジャンボ宝くじを3万円分購入した。その話をしようと思うが、最初に断っておく。これは「高額当選して人生が変わった」という話ではない。ただ3万円を使って、夢を買ったというだけの話だ。
宝くじは当たらない。でも、買う。
まず結論から言おう。宝くじは当たらない。これは統計的に明らかだ。1等10億円に当たる確率は1,000万分の1。はっきり言って、10億円の当選者が「自分」になる確率なんてゼロに近い。分かっているのに、なぜ買うのか?
答えは簡単だ。「当たる」という幻想に浸るためだ。
宝くじを買った人は、当選日までの数週間、妄想を膨らませる。「10億円が当たったらどうしよう?」という空想の中で家を建て、高級車を買い、仕事を辞め、悠々自適な生活を送る自分を想像する。頭では当たらないことを理解しているのに、心のどこかで「もしかしたら」と期待してしまう。宝くじを買う行為は、当選金ではなく、この妄想の「時間」を買っているのだ。
社会人と息抜き:宝くじが必要な理由
社会人には息抜きが必要だ。特に現代の日本は、不景気の中で仕事を頑張るだけでなく、節約生活を強いられている。卵を10円安く買うためにスーパーをはしごし、月数千円の節約に必死になる。それでも得られる満足感は薄い。
その結果、多くの人は酒やタバコ、ギャンブル、暴飲暴食といった「息抜き」に月数万円を使う。自分を甘やかし、ストレスを発散するための手段だ。
しかし、私は違う。酒もタバコもギャンブルもしない。それらは一時的な快楽にしか過ぎず、健康や金銭面でのデメリットが圧倒的に大きいことを理解している。だから論理的に考えて、そうした娯楽には手を出さない。
ただ、問題がある。あまりにも論理的に行動しすぎると、現実のストレスが重くのしかかってくる。 公務員は特に、ボーナスや昇進の大きな期待がなく、日々の仕事も淡々としている。真面目に働いても報われない職場で、ずっと現実だけを見ていると、いずれ心がすり減る。
だからこそ、あえて「非論理的」な行動をする。 それが、宝くじを買うという選択だ。
宝くじを買うという「バカな選択」
宝くじは「バカが買うもの」とよく言われる。期待値を計算すれば、明らかに損であり、買わないのが賢明な判断だ。私もその意見には賛成だ。しかし、意図的に「バカになる」ことで得られるものもある。
宝くじを買うときの気分は、普段の生活では得られない解放感に近いものがある。妄想に没頭する数週間は、現実から一時的に離れることができる。酒に酔うような快楽ではなく、静かに自分の頭の中で夢を広げる時間だ。
宝くじは無駄か?
もちろん、冷静に考えれば3万円を宝くじに使うのは無駄だ。それを貯金や投資に回せば、より確実にお金を増やすことができる。しかし、宝くじを買う理由はお金を増やすことではない。非現実的な妄想に浸り、「もしも」の世界で遊ぶことが目的だ。
この3万円は、普段のストレスを軽減する「娯楽費」と考えれば安いものだ。ギャンブルのように中毒性がなく、飲み会のように体を壊すこともない。それどころか、仕事の合間や通勤中に「夢」を思い描くことで、一時的に気分を良くする効果もある。
宝くじを買った後に思うこと
私のように、論理的に物事を考える人間にとって、宝くじを買うという行動は矛盾に満ちている。結果が出る前から「どうせ当たらない」と分かっているし、買った後も期待より冷めた感情が先立つ。それでも、心のどこかで「もしかしたら」という思いが消えない。
この矛盾を受け入れることで、むしろ人生の余白が広がる気がする。真面目すぎる生き方は息苦しいが、ほんの少し「バカになる」ことで、日々の生活に楽しさを見出せるのだ。
まとめ:宝くじを買うのは娯楽である
宝くじは「夢を買う娯楽」だ。当たることを期待しすぎず、むしろ非現実的な妄想を楽しむためのツールと割り切るのが正しい使い方だろう。
結局、私の宝くじ購入も、当選日が来れば「外れたな」と終わる。しかし、その数週間の間に感じた小さな幸せや非現実的な夢の時間は、多少の価値があると個人的には思う。
もしあなたが、現実ばかりに縛られてストレスを感じているなら、一度「バカになって」宝くじを買ってみてもいいかもしれない。