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母の物語

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発端は2020年3月。圧迫骨折からの転院含め五度の入院、「密」に過ごした母との備忘録。
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2020年11月の記事一覧

蝶とザクロ。

蝶とザクロ。

 今年は蝶が飛ぶ姿をたくさん見た。4月から7月末まで母の家に通っていたせいだ。3月、竹子の東側の家は住人がなくなりたて壊しになった事もあり、春先にはモンシロチョウが数羽飛び交い、5月には緑色のアイツが、柑橘系樹木に密集し閉口した。さら地になった東側から風が吹き抜け、初夏にはアゲハチョウ、珍しいクロアゲハもみた。

 それにしても、庭木の世話は大変だ。

 天気予報は毎年のように「今年は猛暑です」と

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エンジングノート

エンジングノート

 私は珈琲を普段飲まない。
 数十年前に亡くなった父は珈琲マニアであった。家にサイフォン珈琲一式があり、小学生だった私は理科室の実験の時、あぁうちの家にあるやつや...と冷めた目でアルコールランプを見たものだ。なんでも新婚当初は珈琲豆の焙煎を習いに工房へ通っていたという、凝り性の父であった。竹子もその影響を受け珈琲を飲むのが日課であった。

 その日、私は濃い珈琲を飲んだ。

 退院した竹子は朝起

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たまご。

たまご。

 「ダンナさん、喪服もっているか?」
と日本式の冠婚葬祭を未経験の我が夫を、酸素マスクの下から気遣う素振りまでみせた竹子だった。
「もうこれだけ頑張ったんだから、悔いなく逝かせてあげましょう」と延命治療を望まぬ竹子の顔をちらりと見て主治医が言った。
「最期にお母ちゃんが会いたがっているから」とケアマネジャーから迂回し姉に伝えてもらっていた。

 その3日後には容体は小康状態となり、集中治療室から一

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