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ChatGPT実験/著作権フリー大作家のスタイルで小説生成してもらいました(日本編)

10月27日に、出だしの一文を与えて小説を生成してもらう実験をしました。この時、ChatGPTが作る文章は硬くて表現の綾が乏しいと感じました。
では、もし、「特定の大作家のスタイルで生成して」と指定したら、文体が変わるか?ーーというのが、今回の実験のテーマです。

前回はこちら:


 著作権が切れてパブリック・ドメイン扱いとなった日本の作家で試します。ChatGPTは日本の作家はあまり読み込んでいないかもしれず、そこが不安ですが、ともかくやってみます。
 日本の作家でパブリック・ドメインに分類される人たちの作品はネット上の「青空文庫」に所収されているので、こちらから文例を拾ってきてChatGPTが生成する文章と比較します。


1.夏目漱石

1-1. 期待するイメージ

ChatGPT に期待するのは、『門』の冒頭のイメージです。

宗助は先刻から縁側へ坐蒲団を持ち出して、日当りの好さそうな所へ気楽に胡坐あぐらをかいて見たが、やがて手に持っている雑誌を放り出すと共に、ごろりと横になった。秋日和と名のつくほどの上天気なので、往来を行く人の下駄げたの響が、静かな町だけに、朗らかに聞えて来る。肱枕をして軒から上を見上げると、奇麗な空が一面に蒼く澄んでいる。その空が自分の寝ている縁側の、窮屈な寸法に較べて見ると、非常に広大である。

夏目漱石『門』(青空文庫)

1-2. ChatGPTへの指示

 ChatGPTの無料版で、Chat4o に次のように指示します。

「会社勤めをしている田中さんは、秋晴れの日曜日に、日当たりのよい公園のベンチに腰かけ、秋晴れの空を見上げた」で始まる800字以内の日本語の小説を、夏目漱石のスタイルで書いてください。

1-3.   ChatGPTが生成した小説

会社勤めをしている田中さんは、秋晴れの日曜日に、日当たりのよい公園のベンチに腰かけ、秋晴れの空を見上げた。空は澄んだ青一色で、どこまでも広がっている。その中に浮かぶ白い雲が、ふわふわと形を変えながら流れていく様子に、田中さんは思わず微笑んだ。
「この空を見上げていると、どうしても心が軽くなるなあ」と田中さんは小さくつぶやいた。普段の彼は、通勤電車で押し込まれ、会社では次々と降ってくる仕事に追われ、家に帰る頃には疲れ果てている。そんな彼にとって、こうして何も考えずに空を眺められる時間は、まさに貴重なひとときだった。
目を閉じ、風にそよぐ木々の音に耳を澄ませると、彼の心はさらに落ち着きを増していった。まるで、仕事や人間関係といった日常の煩わしさから解放され、自然と一体となったかのように感じたのである。
しかし、そんな静寂の中で、ふと田中さんの脳裏にはあることが浮かんだ。それは、最近の自分の生活が、ただ流されるままに過ぎていくような感覚だった。朝起きて、会社に行き、仕事をし、帰宅して寝る——そんな繰り返しの日々に、田中さんはどこか疑問を抱き始めていた。
「このままで、本当にいいのだろうか?」と彼は心の中で自問した。公園のベンチに座りながら、田中さんは初めて、自分の未来について深く考え始めたのだった。
秋の風がまた一つ吹き抜ける。その冷たさに、田中さんは現実に引き戻されるような気がした。だが、その時の彼の胸には、ささやかながらも新たな希望の光が宿っていた。これからの日々をどう生きるべきか、自分の手で選び取っていくために。

1-4.  実験の評価

 実験の目的に照らすと、ChatGPTは失格です。文体は、ほぼ前回のママで漱石の文体には、まるで似ていないですね

 「しかし、しかし!」……です。ChatGPTは、『門』の内容は、よく知っていると思います。次のA・B・Cを読み比べてみてください。

A:ChatGPT版

しかし、そんな静寂の中で、ふと田中さんの脳裏にはあることが浮かんだ。それは、最近の自分の生活が、ただ流されるままに過ぎていくような感覚だった。朝起きて、会社に行き、仕事をし、帰宅して寝る——そんな繰り返しの日々に、田中さんはどこか疑問を抱き始めていた。

ChatGPT版/太字化は楠瀬

B.漱石原文(第二章から)①

もっとも平生は忙がしさに追われて、別段気にも掛からないが、七日なのかに一返の休日が来て、心がゆったりと落ちつける機会に出逢と、不断の生活が急にそわそわした上調子に見えて来る。必竟自分は東京の中に住みながら、ついまだ東京というものを見た事がないんだという結論に到着すると、彼はそこにいつも妙な物淋しさを感ずるのである。

夏目漱石『門』(青空文庫)
/ルビ省略/太字化は楠瀬

C.漱石原文(第二章から)②

今日の日曜も、暢びりした御天気も、もうすでにおしまいだと思うと、少しはかないようなまた淋しいような一種の気分が起って来た。そうして明日からまた例によって例のごとく、せっせと働らかなくてはならない身体だと考えると、今日半日の生活が急に惜しくなって、残る六日半の非精神的な行動が、いかにもつまらなく感ぜられた。歩いているうちにも、日当の悪い、窓の乏しい、大きな部屋の模様や、隣りに坐すわっている同僚の顔や、野中さんちょっとと云う上官の様子ばかりが眼に浮かんだ

夏目漱石『門』(青空文庫)
/ルビ省略/太字化は楠瀬

 B・Cで漱石が巧みに表現した勤め人の鬱屈にかなり近いものが、ChatGPTが生成したAに現れています。

 これは、単なる偶然とは思えません。ChatGPTは『門』を読んでいて、私が指示した一文が『門』の第一章冒頭であると認識し、それに続く第二章の内容でChatGPTが覚えているものを続けてきたのだと考えます。

 これは凄いことだと思います。

2.森鴎外

2-1. 期待するイメージ

 森鴎外は、「百物語」のイメージでいきます。こんな感じです。

原来もとより百物語に人を呼んで、どんな事をするだろうかと云う、僕の好奇心には、そう云う事をする男は、どんな男だろうかと云う好奇心も多少手伝っていたのである。僕は慥かに空想で飾磨屋と云う男を画き出していたには違いないが、そんならどんな風をしている男だと想像していたかと云うと、僕もそれをはっきりとは言うことが出来ない。しかし不遠慮に言えば、百物語の催主が気違染みた人物であったなら、どっちかと云えば、必ず躁狂に近い間違方だろうとだけは思っていた。今実際にみたような沈鬱な人物であろうとは、決して思っていなかった。

森鴎外『百物語』(青空文庫)
/ルビ省略

2-1. ChatGPTへの指示

 ChatGPTの無料版で、Chat4o に次のように指示します。

「科学的で合理的な医師の田中氏は、友人から人々が集まって怪談を語り合う会合に誘われ、その会合の主催者への興味から会場に足を運んだ」で始まる800字の日本語の小説を森鴎外のスタイルで生成してください。

2-3. ChatGPT が生成した小説

科学的で合理的な医師の田中氏は、友人から人々が集まって怪談を語り合う会合に誘われ、その会合の主催者への興味から会場に足を運んだ。田中氏は、医師として超自然的な現象に懐疑的である一方、人間の心理や行動を探求することには興味を抱いていた。そのため、このような怪談の集いに参加するのは、医師としての経験から異色な実験の一つと捉えていた。

会場は古びた町屋で、薄暗い照明の下、集まった人々の顔には何とも言えぬ期待と緊張の色が浮かんでいた。田中氏は、会の主催者である藤原という男に目を留めた。藤原は中年で、柔和な表情を持ちながらも、どこか不思議な威厳が漂っていた。彼が初めに語った一言で、会場の空気はまるで冷たい霧に包まれたかのように変わった。

「皆様、今宵はただの物語ではなく、真に体験した者の語りをご用意しております」と藤原が語ると、田中氏は少しばかりの興味を抱いた。それは単なる娯楽や無知に基づく迷信を超えたもの、つまり何らかの心理的現象を明らかにする機会になるかもしれぬという期待であった。

やがて、参加者の一人が自身の経験を語り始めた。彼はかつて訪れた山中の旅館で、深夜に薄気味悪い声を聞いたと語る。窓の外に佇む女性の影を見たというのだ。その話に耳を傾ける人々は、恐怖の表情を浮かべ、息を呑んでいた。しかし、田中氏の内心は冷静であった。彼はそれを睡眠障害や、心理的暗示のせいだろうと判断していた。

だが、続く語りが始まると、田中氏の理性的な態度が揺らぎ始めた。話者は、医師であった亡き父の幽霊が自分の病床に現れ、微笑みながら何かを語りかけたと話す。父親を慕っていた彼は、何度もその夢を見るうちに、自身の中で父の存在が生き続けていると感じるようになったという。田中氏はこの話に引き込まれ、ふと自身の胸中に、ある種の懐疑が芽生えた。

「魂というものが実在するのか?」と、田中氏は初めて心の奥底で自問した。これまでの理論や合理性では説明できない何かが、暗闇の中に息づいているように思えたのだ。その瞬間、彼は自分が医師である前に、人間としての何か深い感情に触れたのではないかと思った。
会合が終わる頃、田中氏は藤原に近づき、一言だけ問いかけた。「これらの話を集めるのは、一体何のためなのですか?」

藤原は微笑を浮かべ、こう答えた。「我々が見たいのは、ただ人の心の奥にある影なのです。」
その言葉に、田中氏は静かに頷き、夜の闇へと帰路に就いた。その歩みの中で、科学という光では決して照らし得ない、得体の知れない影が彼の胸の内に微かに残り続けた。

2-4. 実験の評価

 実験の目的に照らして、どうなのでしょう? 文体は漱石のときよりは似ている気がしますが、「おっ、似てる!」と唸らされるほどのことはないと思います。
 
 では、『門』の場合のように内容を知っていそうに見えるかというと、そうでもありません。ただ、そうなったのは、私の指示がまずかったような気もします。

 「指示を誤ったかな?」と思ったのは、生成された文章と鴎外の原文を丁寧に比べていたときです。
 『百物語』の真の主題は「傍観者」でした。鴎外が自らを傍観者と自覚し、同じ傍観者の姿を百物語の主催者に見出すというのがこの小説の眼目です。

 それなのに、私は、この作品に対する浅い理解に立って、「科学的で合理的な医師の田中氏は」という指示を与えてしまいました。私のこの指示に基づいて、ChatGPTは、「科学vs迷信」という《ストーリー骨子》をつくり、それに沿って小説を紡ぎ出したように見えるのです。

 もしかしたら、ChatGPTは、それが持っている知識よりも利用者が与える指示の方を優先しながら、文章を生成するように設計されているのかもしれません。これを確かめるには、もっと実験を重ねる必要がありそうです。

3.今回の実験から得られた仮説

 
 わずか2人の作家を対象とした極めて限られた実験なので、そこから引き出せるものは、確定した結論ではなく、今後の実験に使える仮説であるとお考えます。その意味で、次の2つの仮説を得ることができました。

3-1.ChatGPTは日本の大作家の作品内容をよく知っている。

  少なくとも、漱石の『門』に「勤め人の鬱屈した真理」が描かれていることをChatGPTは知っていたと思います。
 ただ、日本語で読んだのではなく、英語への翻訳で読んだのではないでしょうか? そう考えると、文体が似てこないのは当然な気がします。

3-2. ChatGPTは、利用者の指示で《ストーリー骨子》を決める。

 ChatGPTが大家の小説の内容を知っているとみなす根拠があるけれども、実際に小説を生成するときには、その内容よりも、生成を命じる人間の指示の仕方で《ストーリー骨子》を決めているように見受けられます。

 この2つの仮説については、また回を改めて、検証実験のようなものを行ってみたいと思います。今回は、ここまでとします。

 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。



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