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作品と痛み『神に愛されていた』

今回は木爾チレンの『神に愛されていた』を紹介します。
木爾チレンといえば、2021年に『みんな蛍を殺したかった』が大ヒットしました。

「サリン、小説っていうのは、自分の中から膿をしぼりだす作業や」
「膿、ですか」
「そうや。ニキビつぶすと、白いのでてくるやろ。あれや」
「汚いもんってことですか」
「違う。しぼりだすとき痛いやろ」
「はい」
「その痛みが、小説になるんや」

『神に愛されていた』木爾チレン(p.69)

この会話の部分が『神に愛されていた』のテーマになっていると思います。この小説がそのようにして書かれたことは言うまでもないでしょう。
若い人気女性小説家の物語でできていて、リアルで赤裸々とも思えるほど痛々しさのある感情描写が続きます。

今まで熱心にしてくれた大人たちが、瞬く間に自分から興味を失っていくのがわかった。美人小説家だなんて謳われていたことが、黒歴史に変わっていくようだった。

『神に愛されていた』木爾チレン(p.77)

小説家東山冴理の絶望はこれだけでは終わらないのですが、個人的に胸が「ギュッ」っと苦しくなったところです。美人小説家という輝かしい肩書きが一瞬にして黒歴史という人生の汚点へと転落する感覚とスピード感。ギャップが恐ろしく、目を引きます。リアルなのでこれも作者の実体験なのでは・・・と想像してしまいさらに苦しくなります。

次に、個人的にすてきだなと思ったところ。

「そう。冴理先輩は甘いものに目がなくてね、このケーキの見た目が、まるで装丁に拘った美しい本のようだって、同人誌にもそう名付けたらしいんよ。それにオペラって、仕事とか、作品って意味もあるらしいよ」

『神に愛されていた』木爾チレン(p.213)

本当に本が好きなんだろうな。

展開もうまいのだと思います。私はミステリーに詳しくなくてわからないのですが、読む手を止めさせないでむしろぐいぐい読ませられるのはどういう仕組みなのでしょうか。ボリュームの重たさも感じません。すぐに読み切ってしまいました。そういう物語はどうやってできているのか、不思議です。すごいです。読みやすくて本を読むことに慣れていない人にもおすすめできる作品です。装画・装丁もすてきでした。

「その痛みが、小説になるんや」
この言葉がずっと引っかかっています。創作全般に言えそうだと思うのですが、私の感覚としてはそれを理解できていません。作品にとって作者の痛みって、なんなのでしょうか。これからじっくり考えていきたいです。

最後まで読んでくださりありがとうございました。
次回は草間小鳥子の『あの日、水の森で』を紹介します。

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