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詩との出会い「わたしを束ねないで」

京都の大学に通うため一人暮らしをしていた頃、イオンモール京都の大垣書店でなんとなくいつもと違うものが読みたいと思い『ポケット詩集』を購入しました。初めて読む詩もありましたが、とても懐かしい詩がありました。新川和江の「わたしを束ねないで」です。この詩と初めて出会ったのは中学生の頃です。そのときの感覚がよみがえってきました。
全文です。

わたしを束ねないで
あらせいとうの花のように
白い葱のように
束ねないでください わたしは稲穂
秋 大地が胸を焦がす
見渡すかぎりの金色の稲穂

わたしを止めないで
標本箱の昆虫のように
高原からきた絵葉書のように
止めないでください わたしは羽撃き
こやみなく空のひろさをかいさぐっている
目には言えないつばさの音

わたしを注がないで
日常性に薄められた牛乳のように
ぬるい酒のように
注がないでください わたしは海
夜 とほうもなく満ちてくる
苦い潮 ふちのない水

わたしを名付けないで
娘という名 妻という名
重々しい母という名でしつらえた座に
坐りきりにさせないでください わたしは風
泉のありかを知っている風

わたしを区切らないで
❜や・ いくつかの段落
そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください わたしは終わりのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩

『ポケット詩集』「わたしを束ねないで」新川和江(p.100-103)

中学生の頃、私は理由のわからない言語化できない苛立ちを抱えていました。何かにつけて文句を言うことでそれを発散し、人を困らせることもありました。
そんなときに国語の授業で読んだこの詩はこれまでの授業内容よりも新鮮でした。私の事を書いてくれているのだと思い上がったほどです。誰もこんな気持ちのことは教えてくれませんでした。
今読んでも、まっすぐに書かれたすてきな詩だと思います。今でも私の気持ちに寄り添ってくれています。

いろんな本を読むようになると好みが変わり、好きだったものにそれほど惹かれなくなった、ということもあるでしょう。しかし、色褪せたとしても刺激を受けた読書体験というのはずっと宝石のようなものだと思います。これからもたまには懐かしい本を読んで過去の記憶に浸る幸福を感じたいです。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

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