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最近、わからないことに対して焦らなくなった。 自分の就くべき仕事がわからないこと、幸せの定義がわからないこと、辛さの原因がわからないこと。 自分についての大事なことがわからないままでも、大丈夫になった。 それは、わからないことがいつかわかるようになる。経験からそう思えるようになったからだと思う。 昭和の産物なのかわからないけれど、目の前の仕事に熱中していて自分にとって本当に大切なもの、夢や家族とか、を忘れてしまった人の物語をたくさんみてきた。 だからこそ、やりたくな
人は、名付け親になりたがる。 自分がつけた名前を、みんなにも使わせたがる。 結婚を幸せなものと名付けたら、それを他のみんなにも使ってもらおうとする。そのために、独身を不幸せなものと呼ぶのだろうか。 そんなことを、このnoteを読んで思った。とってもとっても良いnoteだった。 たしかに、私たちには目の前のものを好きに呼ぶ権利がある。 道端に咲く黄色い花を「サリー」と呼び愛でてもいいし、育てているトマトの苗を「とまちゃん」と名付けても良い。 人がだれかに抱く思いを、
後悔や無駄な時間を減らすための一つの方法が、大切なものを二種類に分けること。 私たちはつい役に立つものを探してしまうけれど、集めるのが怖くなってしまうくらい本当に「大切なもの」をきちんと増やしていきたい。 そんなことを書きました。 道具的価値と内在的価値私たちが何かを大切にする理由は、二種類に分けられる。 一つ目が、道具的価値のあるもの。 これはその名の通り、何かを達成するための道具として見出す価値のことだ。例えば、人がお金を大切にするのは、そのデザインや質感に惹か
自分が何を考えているのか、それを言葉にするのは難しい。 そもそも言葉にできないということは、理解しきれていないのだ。 こうだと思っていたけれど、言葉にするとなんだかしっくりこない。そんなとき、言葉なんかじゃ気持ちを表せない!と匙を投げたくなるが、実際は分析が足りていないだけだったりする。 細かくいうと、完全に言葉に表し切るということは確かに不可能かもしれないが、よりしっくりくる説明は必ずある、という感じ。 これは、生活している中でもひしひし感じる。 「私って、将来役
目の前のことすべてが、ちっぽけで、どうでもよくて、わたしは何をやっているんだろうと思うときがある。 Youtubeで、「宇宙旅行 3分」と検索してみてほしい。地球からどんどん遠ざかり、宇宙の果てまで行くシミュレーション動画が、たくさん出てくる。 地球を離れて、太陽系があって。その太陽系から離れてしばらくすると、シリウス、ベガとか知っている星を全部含んだ、天の川銀河系まで辿り着く。それでも、宇宙の果てへの旅は終わらない。さらに地球から離れていくと、星がたくさん詰まった銀河
私たちの毎日は、悩みで尽きない。 才能がなくて仕事がうまくいかない、良いパートナーが見つからない、世の中が不平等で私ばかり損をする、とか。 これは言い換えれば、私たちが天才に憧れ、運命の相手を探し、正義を求めて生きている証拠だ。 でも、天才って他の人よりすごい速さで結果を出す人のことだし、運命の相手って他の人よりも相性が良くて最後まで添い遂げた人のことだし、正義は多くの人が正しいと感じたことだ。 つまり、全部理由ではなく、結果だ。 天才じゃないから成果が出ない、運命
全てのものが移りゆく中で、私たちは常に何かを選び、そしてその分、何かを選び損ねなければならない。 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂にはほろびぬ、偏ひとへに風の前の塵におなじ。 平家物語の冒頭の一節。盛りを迎えたのち一瞬にして衰えた、平家一族を見事に表している。 一世を風靡したものが飽きられ、次のブームに取って代わられる。そんな世界に生きる私たち自身もまた、変わり続け
「誰もが、自分の人生の主人公」というスローガンに隠れた、私たちの「主人公になりたい」という言葉の本当の意味。 このツイートは、素直に納得した。確かに、私たちは「魅力的な物語の中心人物」になりたいと願っているのかもしれない。 でも、それってどうしてだろう。 そんなことを考え始めたのは、秋ドラマの「大恋愛〜僕を忘れる君と」を見ていた時の自分をふと思い出したからだ。 脇役に自分を重ねてしまう大恋愛は、ムロツヨシ演じる間宮真司と、戸田恵梨香が演じる間宮尚の、王道ラブストーリー
1週間毎日noteを更新してみて、こうなりたい・こうしたいばかり書いていることに気が付いた。 目標を持ったり、理想の自分を心に持っておくことは大切だ。 でも、理想やゴールに囚われ過ぎると、今の自分がどうなっているのかを見失う。 今日は、グローバルメディアの授業の宿題として3時間のインド映画を観て、授業を受けて、そのあとは言語人類学の授業に向けて予習をした。 もしかしたら今日観たインド映画が、社会人になって企画を作る際のヒントになるかもしれないし、教科書に書いてあった「
「早く行きたいなら一人で行け、遠くへ行きたいならみんなで行け」というアフリカのことわざがある。 とはいっても出典は不明らしく、アフリカ人の友達に聞いても英語でしか聞いたことが無いとのことなので、誰かが適当に言い出しただけかもしれない。 それでも、多くの人が共感し人生の指針にするくらいには、この言葉は的を射ている。 そのことわざを思い出したのは、友達に人生相談をし終わった後の、友達のふとした一言からだった。 まず現状を聞いてもらって、友達のアドバイスをもとに、私はこれか
好きなものだけに囲まれて、嫌いなものを避けて生きられたら楽だけれど、人生そんなに甘くない。 そんなことを、受験勉強に励んでいる高校生の妹を見て思った。 第一志望の学校から不合格通知が来たり。 憧れていた企業からお祈りメールを受け取ったり。 好きな人から振られたり。 応援していたアイドルが突然解散したり。 もちろん努力の方法がないわけではないけれど、その時会社が欲しがる人材なんて時代の流れや会社の方針によるし、人の選択や好みに他人が口を出す権利はない。 だから、好きで好
人生は、自分が監督主演の映画。 ただし、脚本はない。 だから、キャスティングは念入りにやらなければならない。 監督の思った通りに動いて、あまり主人公を邪魔しないキャスティングをするか。 監督の意表をつく行動をして、ストーリーを思っても見なかった方向に持っていく人を起用するか。 ここで大事なのは、自分も誰かの映画にキャスティングされているということ。 だから、思った通りに動いてくれるキャスト(出演者)を探している人は、こう動きたいと強い意思が
いいことがあったら、悪いことがある。 気がついたらそんな風に思うようになっていた。 友達から、恋の相談を受ける。 「昨日は一緒に勉強できた。距離が縮まった気がする。一緒にライブに行くことにもなった。」 そんな時私たちは、期待しすぎるなと自分に言い聞かせる。 相手も自分に気があるかもしれない。 そう思った瞬間に、自分以外の誰かと楽しく話す相手を見て、特別な友人ですらない自分を嫌いになるからだ。 楽しい時ほど、その時間はいつか終わるという事実に悲しくなる。 嬉しい