下を向いて歩くことは、悪いことなのか。
僕の人生は割と、下を向いて歩いてきた人生だった。
地面を見ていることが多かった。
都度、都度、人生に諦めを感じ歩いてきた。
僕にはできない。
僕は下を向くのが似合っている。
そんなことを考えて生きていた時間が長かった。
眩しい人すら見えないくらいに、下を向いて生きていた。
タイトルの結論からすると、下を向いて歩くことは悪いことだと思う。
そう、自分では思っている。
それは両親に恵まれなかったから、下をむき続けていたわけではない。
そもそも、勝負にすらならない。
そういう負け癖がついていた。
挫折はそこそこ多い方だけど、
それだけではない。
幼いながら、周りのせいにしてきて、
被害者ぶっていたのだ。
今ではよくわかる。
なぜ、今、下を向くことは「悪い」と表現するのか。
それは、上をむかせようと育ててくれた家族がいた。
僕が生きているだけで、励まされたと言ってくれた友人がいた。
そんな人たちが僕を囲んでくれたから。
強さをと言うのは、そう簡単に身につけられるものではない。
”意思”がないと上を向けないのだ。
下を向いている状態はいわば、”意思”がない状態だと思っている。
下を向いていると思っていても、
”意思”を持ち合わせている人は上を向いていることと同義。
誰かのために、生きる必要はないけど、
誰かを想い、生きる必要はある気がしてる。
信じる心と、慮る心を持って、胸を張って生きていくことが重要。
己の弱さに、絶望をして、辛いことが、たくさんあっても、
自分を信じている人が必ず、どこかにて、
仮に、今、思い当たる人がいない人も、
絶対にそういう人が現れる。
間違いなく、誰もが報われる人生を歩めるはずなのだ。
にも関わらず、下を向くなんて勿体ない。
絶対、もったいないんだ。
だから、下を向くことは絶対に「悪い」。
向いていたら、気づけなくなってしまう。
唯一、寄り掛かりたいような「運」も気づけない。
ただ、それでも、下を向いてしまうことはあるだろう。
でも、下には下にしかない世界もあるから、
「悪い」ことかもしれないけど、「得る」ものはある。
だから、万が一、下を向いてしまったら、それを思い出してほしい。
見る、思考する、角度を変える工夫の方法を知ってて欲しい。
道に迷って、
辿り着いた現在地で、
決断を他人に委ねようとする時があるかもしれない。
きっとその時は、下を向いている時。
そういう時は、
もう一度、頑張って、自分の責任を持って
再考してみてほしい。
誰もが、聞いたことのある、ありふれた言葉を今日も送りたい。
「おれ、がんばれ」
僕には、僕がついている。
心は体の中にはない。
何かを考える時、誰かを思う時、
心はそこにあるものだから。
おれ、がんばれ。